レインボウ☆アイズ
保健室のドアを開けると、先生が驚いた声を上げた。
「あら、敦哉。早いわねえ。」
『学校嫌いが珍しい』
保健の先生は、俺の叔母だ。だから俺の事情も知っている。
「今日から電車通学にしたんだ。祐子さん、聞いてないんだ。」
叔母は独身のせいか、おばさん、と呼ばれることを嫌うので、俺は名前で呼んでいる。
「そういえば、聞いた気がする。」
『忘れてたわ』
祐子さんはそう言って、流し台で手を洗い始めた。俺の能力に関心がないようなので、気が楽だ。
俺は椅子に座って、窓の外を眺めた。窓の外の風に揺れる緑を見ながら、ふと電車の女の人を思い出す。
…嬉しかったな。思い出して、心が温かくなる。
すると祐子さんが
「敦哉。…何かいいことあった?」
『…いつも疲れた顔してるのに』
急に俺の顔を覗き込んで、言った。
心の声が聞こえないはずなのに、祐子さんは俺の気持ちに気づくことがある。
「う…うん。ちょっとね。」
かわいいって言われたってことは、言わないでおく。もう恥ずかしいから。
そ知らぬふりで窓の外を見る俺に、祐子さんは言った。
「…初めての電車通学で、いいことがあった。ということは…かわいい子でもいた?」
俺は、はっとして祐子さんの顔を見てしまう。
『図星ね…』
祐子さんの心の声を聞いて、恥ずかしくなり、また窓の外を見る。
「いいじゃない…。たくさん恋をしなさい。まだ高校生なんだから。」
ちらっと見ると、祐子さんは棚から消毒液を出しはじめていた。
その背中から目をそらして、俺は思う。
…俺だって恋は何度かしたよ。
こんな見た目で、こんな変な能力を持つ俺を
受け入れてくれる子がいるんじゃないかって、夢見てたこともあった。
でも大抵の子は、俺自身じゃなく俺の家に興味があるし、
俺とたいした話もせずに、見た目で”気持ち悪い”と切り捨てるんだ。
顔はかわいらしく笑っているから、余計に冷たい心の声が俺を堅く凍らせた。
思い出して、温かかった心が冷たくなっていく。
祐子さんが振り向いて言った。
「明日の電車通学も楽しみね。…あら。落ち込んじゃった?」
『私、変なこと言ったかしら』
俺の顔を見た祐子さんの、心の声が聞こえる。
「…ううん。現実に戻っただけ。」
俺はため息をつきながら言った。
廊下から予鈴が聞こえてきたので
「じゃ、お邪魔しました。」
俺は立ち上がり、ドアを開ける。
「またいつでも来なさいねー。」
祐子さんが、いつもより優しく言った気がした。
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