レインボウ☆アイズ
現実に戻ったおかげで、俺は落ち着いて授業を受けることができた。
たまに聞こえてしまう先生の愚痴も、スルーすることができる。
期待さえしなければ、なんとか生きていける。
簡単に人は死んでしまうけど、死にたいと思った時に死ねるわけでもない。
…中学生の時、何度も死にたいと思った。
このまま、この変な能力を持ちながら生きていくなんて、耐えられなかった。
でもこんな俺なのに、死んだら悲しむ人がいることはわかっていた。
それを思うと何もできなかった。
せめて誰にも会わずに生きていきたいと思い、何日も部屋から出ないことがあった。
なのに俺が部屋から出ると、親も使用人も笑顔で話しかける。
しかも”顔が見られてよかった”とか”顔色が良くなったようだ”とか、心配する声も聞こえた。
俺がいないほうがみんな楽になるだろうに、なんで俺なんかを心配してくれるんだろう。
正直、その気持ちは今でもよくわからない。

昼休みになり、違うクラスの和成が俺のところにやってきた。
「敦哉君は保健室に行く?」
『何事もなかったかな…』
心配している和成の声が聞こえる。
「大丈夫だよ。…恵美ちゃんとの貴重な時間だろ?早く行きなよ。」
「うん。…じゃ、またね。」
俺に急かされて、照れたように和成は言い、廊下に出ていく。
和成には、中学生のころから付き合っている彼女がいる。
受験勉強で忙しい和成は、彼女の恵美ちゃんと学校の昼休みにしか会えないのに、
俺のところに、わざわざ声をかけに来る。
こんな俺のために、本当に申し訳ない。
そう思いながら、保健室のドアを開ける。
「…あら、また暗い顔ねえ…。」
祐子さんが、俺の顔を見るなり言った。
「恋すると、感情のアップダウンが激しくなるのよねー。」
嬉しそうに言われて、なんとなく俺はムッとする。
「…恋してないし。」
そう答えてみて、この言い方はあげ足を取られそうだなと思う。
祐子さんが何も言わないので顔を見ると、やっぱりニヤニヤしている。
「でも、明日も会えるのが楽しみでしょ?」
『それが恋なのよー』
見なきゃよかったと思って、目をそらし、カバンから弁当を取り出す。
明日も会えるのが、楽しみなわけないじゃないか。
会えたとしても、何もないはずだ。…期待しちゃダメだ。
頭ではそうわかっているのに、あの人を思うと胸は高鳴り、きゅっと痛む。
…また”かわいい”って思ってくれるかな。
無責任な自分の心の声が聞こえてきて、嫌になる。
期待しないって、決めたばかりなのに…。
よく見たら気持ち悪い人、なんて思われるかもしれないのに。
…俺って多分、アホなんだな。
「恋っていいわよねー。そばで見てる私も、幸せになれるのよ。」
カップのサラダを開けながら、祐子さんは言った。
…確かに、和成の照れた顔は、見ていて微笑ましい。
和成が幸せでよかった、と思う。
俺も同じ気持ちを、祐子さんにあげているんだろうか。
「祐子さんも、恋すればいいじゃん。」
弁当の蓋を開けて俺が言うと
「してるわよ。胃が痛くなるほど激しいのをね…。」
冷たい目で遠くを見て、祐子さんが言った。
詳しいことは知りたくないので、目が合わないでよかったと思う。
「恋でもしないと、生きてる実感が湧かないわよー。」
俺の弁当から卵焼きを勝手につまんで、祐子さんは言った。
生きてる実感…。なんだかわかるようで、わからない言葉だ。
このままあの人を想うことができれば、わかるようになるんだろうか。
胸がぎゅっとなるのをごまかすかのように、俺は卵焼きを口に入れた。
「いい天気。デート日和ね…。」
窓の外を見て、祐子さんが言う。
デート…、ねえ。俺には関係なさ過ぎて、異国の言葉のようだ。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい。どうぞー。」
祐子さんが返事をする。
「…失礼しまーす。購買の争奪戦で尻もちついちゃって…。」
尾てい骨をおさえながら、男子が入ってきた。
『やべえ、二人の時間を邪魔しちゃったか…』
思わず顔を見てしまって、声が聞こえる。
一年生かな、俺と祐子さんのことを知らないなんて。
でも、そう見えるんだ。
これがデートに見えるんだったら、いつか誰かとデートできるのかもしれない。
…その相手が、あの人ならいいのに。
はあ…。また自分の心の声が聞こえて、ため息をつく。
やっぱり俺はアホなんだと思う。
「シップあげるわねー。貼ってあげてもいいわよ。お尻出して。」
嬉しそうな祐子さんの声で、現実に戻ることができたので、
俺は弁当を食べることに集中した。
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