十一ミス研推理録 ~自殺屋~
 嘘ではない。事実無根の噂をたてられて、十一朗は困っている。しかし、人の勘違いと本人の価値観の差は怖いもので、皆には恋人だと認識されてしまっているのだ。
 確かに十一朗は裕貴を嫌いではない。好意だってある。小さい頃から裕貴を知っている。一番近い存在が裕貴といっても過言ではない。が、それは情であって恋とは違うのだ。
 ――いや、もしかしたら幼馴染みと恋人の区別がつかなくなっているのかもしれない。
 高校生の恋愛なら家へ招待するとか、一緒に食事をすることなのだろう。しかし、それは日常茶飯事で、親も公認している仲だ。で、これは恋愛なのか友達なのか?
 つまり、皆に「恋人か?」と訊かれても「そう見えるのか? 普通はそうなのか?」という質問を十一朗は逆に皆にしたいくらいなのである。
 先程のワックスの呟きは久保には聞こえなかったのだろう。久保は携帯電話を取り出すと、着信メールの確認をはじめた。
「東海林君が携帯持っていたら、メールで送れたんだけどさ。確か、持ってないんだよね? それに私、親指切っちゃって……普段、左手でメール打つこともないから一苦労なんだよね」
「明日なら家にいるよ。自宅に直接電話してもいいし、それに裕貴にメールしてくれれば、隣だから教えてくれるし」
 十一朗が携帯を持たないのは、厳格な父が持たせないという訳ではない。むしろ、父や母は携帯を持てとうるさいほどだ。
 人一倍面倒臭がりな十一朗は、メールや電話の呼び出しで束縛されるのが嫌で仕方ない。それに付加して、機械操作自体が苦手なのである。
「今時、携帯持ってない奴なんて、赤ん坊か飼い犬くらいじゃね? 化石だよ、化石」
 いつも一言多いワックスが、体を仰け反らせながら言った。しかし、十一朗は改めて言われなくても自分が、コンピューター原人だと知っている。
「じゃあ、電話する……あと、みんなにも来てほしいんだけど……」
 久保の言葉にワックスが「え?」と声を裏返した。
「プラマイとデートじゃないわけ? 自宅に呼び出すんだから、相当の仲だと思ったけど」
「ごめん、僕は用事があるから駄目」
 突然、話題をさえぎって、もりりんが声をあげた。状況を理解していないところが彼らしい。
「俺も明日は駄目だなぁ……いとこに一流大学生がいてさ。俺の成績が悪いのを理由に親が家庭教師してくれって頼んだんだよ。休むわけにはいかないし……」
 言いながらワックスはジェスチャーで、胸の大きい長髪の女性を表現した。どうやら、家庭教師は女性。しかもかなりグラマーらしい。
 見かけによらず多忙な二人に断られた久保は、次に裕貴に目を向けた。
「じゃあ、三島さんは平気? たくさんいてくれたほうが心強いんだけど」
 一瞬、十一朗は久保の中に妙な影があるのを感じた。その思いが質問をさせる。
「ここじゃあ、言えない話なのか?」
 久保がコクリと首を小さく縦に振る。皆に来てほしいのにここでは言えない話――
 皆、不思議に思ったのか、久保の様子をうかがい続けた。
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