十一ミス研推理録 ~自殺屋~
 静まり返ったエスカレーターの中で文目が、興奮したかのような声をあげる。
「しっかし、さすが刑事部長の息子さんですよね。やっぱり将来は刑事志望なんですか?」
 十一朗は文目を見た。裕貴とワックスも文目を見る。集中した視線に文目が戸惑う。
「……なんか僕、おかしなこと言いましたか?」
「お前、馬鹿だろ……こいつの行動見てたら、刑事志望じゃないことくらいわかるだろ」
 十一朗が答えるより先に、貫野のほうが文目の鼻を摘みながら言った。
「……貫野刑事、何で俺が刑事志望じゃないって思ったわけ?」
 そんなことを言ってもいないし、仄めかしてもいない。十一朗は訊き返した。
「刑事部長の息子。そう言われる度に、嫌そうな顔をしていたからな。警視庁刑事部のトップなんて親父の肩書があったら、どんなに頑張っても親父と比べられるし、親の七光だと騒がれる。それじゃあ、跡を継ぐ気にもならねえ。違うか?」
「貫野刑事、意外と推理が働くな……」
「俺の両親は弁護士だ。かなり有名でな……被告人側についたら死刑を無期懲役に、被害者側についたら相手に一段階上の罪を与える。そこから法廷革命って渾名されてな……で、そんな両親の後に続いても、嫌みを言われる気がしてよ。やめたんだ」
「やめたのはわかるけど、よりによって刑事かよ。相当の反抗期だな」
 刑事と弁護士は犬猿の仲のようなものだ。証拠を得るために犯人を追及する刑事、犯人の人権を守るのを生業とする弁護士、その立場から、対立するのも珍しくない。
 十一朗の皮肉を聞いた貫野は、嫌な顔をするのではなく愉快そうに笑った。
「だけどもったいないなあ……お前が刑事になったら、俺の下で働いてもらうのによ」
「それだけはお断り」
 十一朗が答えた途端にエレベーターはとまった。十一朗が先に降りる。
 通路に出た途端に、薬品を乗せたワゴンを押す看護師の姿が見えた。その看護師に十一朗は歩み寄る。
「あの……今、ショートカットの女の子と紺のジャケットを着た青年がきたと思うんですけど、どちらの部屋にいきましたか?」
 看護師は当惑した。すかさず貫野が警察手帳を提示する。
「亮くんとみどりちゃんのことですか? あの二人が一体、何を?」
 看護師の当惑は消えるどころか、更に不安にさせてしまったようだった。
「証言をしてもらうだけです。どちらですか?」
 貫野に言われて看護師は奥の部屋を指差した。谷分と日野の居場所が確定した。十一朗が先頭で奥の部屋に向かう。
 が、病室に辿り着く直前で、二つの影が出てくるのが見えた。
 紺の上着。谷分と日野だ。出てきた二人と十一朗の目が合う。谷分の視線が固定された。十一朗を見たまま動かない。動揺が見て取れた。
「月芳亮さんと日野みどりさんですね……」
 十一朗の問いかけに、日野が両肩をビクリと動かした。
 母方の苗字で行動している谷分相手にも、敢えて父方の苗字で言う。あなたの素性を調べましたという意味を含めたつもりだった。
「あんたたち……あの時の……」
 それ以上、谷分は言わなかった。口を閉ざした。出方を窺っているようにも見えた。
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