十一ミス研推理録 ~自殺屋~
「公開自殺事件について、全てわかりました。あなたたちの本当の動機がどこにあるかも……」
 十一朗が告げた途端、谷分が目を見開いた。全身を震わせた。そして、崩れ落ちるようにその場で両膝をついてから、額を床に擦りつけた。
「申し訳ありません。私が全てひとりでやりました。一連の事件を計画して実行に移したのは全て私です」
 貝のように固く口を閉ざしていた谷分が、驚くほどあっけなく自供した。全てを知っていた十一朗以外、全員が唖然と立ち尽くした。
 しかし、ワックスは谷分が自供した瞬間、怒号をあげて飛びかかっていった。
「お前が久保を……許せねえ!」
 勢いで倒れこんだ谷分に、ワックスは馬乗りになった。胸倉をつかみあげて右拳を引く。殴るつもりだ。十一朗は慌ててワックスを羽交い締めにしてとめた。
 谷分から引き離すが、怒りはまだ収まらないようで、睨み続けている。
「なんで、あんないい奴が殺されなきゃいけないんだよ! てめえを殺したって気がすまねえ!」
 少しでも力を緩めたら、ワックスは言葉の通り実行してしまいそうだった。それほど興奮していた。
 谷分が起きあがる。しかし、立ちあがらずに、再び床に額を擦りつけた。
「この罪は一生をもって償います。久保さんを殺してしまったことは謝ります」
「当たり前だろ!」
 ワックスが十一朗の腕を振り払った。殴りつけにはいかなかった。そうしたところで何も変わらない。ワックスも痛いほど理解しているのだ。
 頭をさげ続けている谷分の前に、十一朗は進み出た。どんなに悲しい先があっても真実は解き明かさなければならない。話を続けた。
「月芳さん。あなたは誰かを庇っている。あなただけでは、どう考えても犯行は不可能なんです。それに僕たちの親友を殺した犯人はあなただけじゃない。他にもいるはずだ」
 谷分が唇を震わせる。言葉を出そうとしていた。『違う。俺ひとりでやったんだ』
 しかし、谷分の口が開いた瞬間、今度は日野みどりが駆け寄ってきた。そして、谷分の隣に正座すると、床に額を擦りつけながら涙を流して謝った。
「私です。私がやりました」
 日野の全身は小刻みに震えていた。床に顔を伏せて号泣した。念仏のように繰り返し謝罪した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 公開自殺事件で証拠がつかめなかった二人が自供した。それは刑事の貫野たちにとって大きな収穫であるはずだろう。しかし、貫野も文目も苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 貫野は第一の公開自殺で谷分を追及している。その時は、
『谷分の髪が第一の事件の現場にあった。それを谷分に追及したら、あっさり付き合っていたと認めた。部屋に入ったことがある。その時に落ちたんでしょうと言った』という話だった。
 貫野が驚くのも無理はない。十一朗は頭をさげたままの谷分と日野の前で腰をおろした。
「本当のことを言います。谷分さん、日野さん。あなたたちが僕の親友を殺した証拠がなかったので、絶対に自供するだろうという推測のもと、ここで追及するという策を講じさせていただきました。実は僕、全部わかったんです。何人で実行し、動機がなにか、そしてもうひとりの犯人が誰なのかも……」
 十一朗たちの背後で、足音がとまった。谷分と日野が足音に気づいて顔をあげる。
 ただ、静かで冷たい刺激臭がある医薬品の空気が流れていく。全員が振り返る。十一朗も振り返った。
 そこに、十一朗が確信した自殺屋Оの姿があった。
「はじめから、ここに至るまでの経過を詳しく教えてくれるよな……もりりん」
 裕貴とワックスの表情が凍りついた。貫野と文目が十一朗を見た。
 そして、名指しされたもりりんは小さく息を吸ってから、十一朗を真っ直ぐに見た。
「プラマイなら絶対にくると思っていたよ……」
 罪を受け入れた、静かな自供だった。もりりんの表情は驚くほど穏やかだった。
「全部話すよ。こっちにきて」
 そして、もりりんは病室を指差していた。
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