十一ミス研推理録 ~自殺屋~
エピローグ
 今年も桜が咲いた。
 京の時代には梅のほうが香りがよいとされ、喜ばれたという。
 日本人が梅より桜を好むようになったのは戦国からと言われる。一気に咲き乱れて散る。それこそが、人の一生の美しさに近いのではないかという思想から、そこに行き着いたのだ。
 十一朗は桜が散る姿を公園のベンチに座りながら、裕貴と貫野、文目の四人と眺めていた。
「三人とも反省して、隠すことなく正直に事情聴取に応じているらしい。動機も、俺たちの前で言ったことと全く変わらない。公開自殺なんていう、世間を騒がせた事件だったが、自首したのと猛省しているのを考えると、多少、罪は軽くなるだろうな……」
 貫野が話したのと同じ説明を、十一朗は刑事部長である父から聞いていた。
 三人の証言が真実であるか、警察は全ての公開自殺事件を洗い直した。
 結果。第一、第二、第三、久保の事件以外で公開自殺した者たちは、それぞれ自殺する理由を持っていたとされ、模倣自殺と断定された。
 そして、DNA鑑定では自殺屋Оの涙と毛髪はもりりんの物とされ、谷分の服の袖についていた血痕は、久保の物であるとされた。久保殺害の証拠が出た二人に対して、日野からは殺人に関わったという証拠は出なかった。
 しかし、日野は久保殺害で久保の両腕をつかんで抵抗するのを封じたと語り、自分も犯人であると主張した。もりりんを気遣っての自供だったのだろう。
 貫野は持っていたブラックコーヒーを飲んだ。
「あの事件を切っかけに、何故か自殺者が減って、逆にドナー登録する人が爆発的に増えたらしいぞ。人の考えってわからないもんだよな」
 自殺屋が逮捕された。そう、報道された日から公開自殺はなくなった。
 代わりにドナー登録する者が増えたのだ。自殺屋の動機が語られたからではなく、それは今でも公表されてはいない。
 理由を言うなら、自殺屋逮捕の報から三日たった時に再び公表された、

【困っている人のために死ぬつもりです。僕の体を使ってください】

 という、第三の公開自殺で死んだ、元サッカー選手の青年の遺書だろう。
 討論番組で大々的に取り上げられた遺書をテーマに、自殺の賛否について一時間語られた。その番組を見た視聴者が、数千件にもなるメッセージを書き込んだのだ。
『困っている人のために死ぬなんて間違っている。困っている人のためにすることは他にもある。もっと考えるべき』
『もっと苦しんでいる人はいる。自殺=他の人の命なんて考えだけはやめてほしい』
『リストカットした経験がある。それを知って一番悲しんだのは親。親がいて俺がいるってその時に痛いほど実感した。だから二度としない』
 人のために死ぬのは美徳ではない。あなたを愛してくれる人のために生きるのが美徳である。それをテーマに命のあり方を伝える番組が増えた。その影響ともいえた。
「命の価値なんて、子供でも知ってるよ……そして、そういうのを語るつもりで俺を呼び出したわけじゃないんだろ?」
 十一朗も買ってきたカフェオレを飲んでから、隣の貫野を見た。
「俺に訊きたいことがあったんじゃないか?」
 貫野は息を吐いた。
「ほんっとに、いけすかないガキだな。なんでもお見通しってやつか……実はな、俺の中で釈然としない謎がひとつ残ってんだよ。それの回答を得たくてよ」
「謎の回答?」
 公開自殺事件は解決している。自首してきた三人の事情聴取をしているはずだから、謎に関しては警察の方が詳しいはずだ。フッと、十一朗の中で推理が働いた。
「もしかして、久保のこと?」
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