いきなりプロポーズ!?


「してないからっ! あんたなんて男じゃないもん、同室で構わないから!!!」


 売り言葉に買い言葉、成り行きで同室をOKしてしまった。




*-*-*-*-*

 じゃらじゃらとカギを鳴らしながら歩く赤帽男の後ろについて歩く。エレベーターに乗り込むと奴は5階のボタンを押した。ゆっくりと上昇する小さな個室の中で隣の態度も体もでかい男を眺めた。背も高く、腕も太くて、肩幅もあって、動物に例えるなら熊だ。それかゴリラ。小さな空間を奴の体積が大半を占めるから空気さえ薄い気がしてきた。顔はあっさりめの醤油風味だが口は大きく、餌を一気に飲み込むジンベイザメのように広い。目立つ八重歯はチャームポイントというよりは牙だ。ジョーズだ、ジョーズ。不測の出来事にいたしかたなく、私は奴と同じに部屋に入った。

 準スイートだけあって、部屋は広かった。思わず、わあ、と私も奴も同時に感嘆の声を漏らして、目を合わせた後、ぷん、とそっぽを向いた。広々とした開放感のある部屋にパーティション的な仕切りはなかったが、L字型に曲がっていて、入口に近いところにはミニカウンター付きのキッチン、スツールも4つ並んでいて雰囲気は小さなバーのカウンターみたいだ。向かいには浴室、広めの脱衣所から奥の浴室をのぞくとバスタブもついていた。L字型の中央の部分はリビング、応接セット並みのソファとローテーブルがある。開放感のある大きな窓にはワインレッドの重厚なカーテンが束ねられている。そしてL字型の先端、つまり部屋の一番奥は寝室。キングサイズの大きなものがふたつ鎮座していた。トランポリンでもしてしまいたくなる大きさ。もしくは両手を伸ばしてヘッドスライディングして、顔も身体も埋めたあとはベッドカバーを水面に見立てて平泳ぎしたくなる広さ。枕も布団も金色の糸の刺繍が入ったブラウンのカバー。お洒落だ。ああ、これがスイート。心が躍る。こんなラッキーめったにない。でも視界に赤いポンポンが見えて私は一気に落胆した。ああ、コイツもいたんだ。

 最悪な赤帽男は窓に近いベッドにバックパックを投げおろした。私はベージュのダッフルコートを脱いで奥のベッドと壁の間にあるラックにかけた。出発前に一目惚れして購入した帽子脱いでも同じようにかけた。ベッドに腰掛ける。奴の向こうの窓を見ればようやく昇ってきた太陽と目が合った。今日は天気は良さそうだ。そういえばお腹がすいた。日本を出る前に夕飯を食べたきりだ。ぐるるる……体は正直だ。


「腹減ってるの? あ、お前は機内食も食ってねえしな」
「だから愛弓っていってるでしょ」
「はいはい。オプション申し込んでんの? このあと昼食付きのフェアバンクス市内観光ツアーあるだろ?」
「ううん。お金もなかったし」


 このツアーは滞在型のツアーで、毎夜のオーロラ観賞は基本パックに込みで入っているが、昼間のツアーは自由参加だった。初日の今日が市内巡りで明日は犬ぞり体験(バナナのくぎ打ち体験付き)、あさってはチナ温泉入浴となっていて、オプションだから別料金だった。私はオーロラさえ見れれば十分だったからオプショナルツアーには一切申し込んでいない。


「昼、どうすんの」
「ホテルのレストランでランチかな」
「じゃ、俺もそうするわ。ツアー申し込んでないし」
「ええ? 別行動でいいじゃん」
「きっと破局した新婚カップルもさ、オプショナルツアーは一切申し込んでなかったんだろうな。だから添乗員も気づかなかったんだよ」
「そうかもね」
「きっとさ……」


 赤帽男……新條達哉はそう言いかけると自分のベッドから私のベッドのそばに来た。私の目の前でモスグリーンのダウンジャケットを脱いでラックにかける。振り返ると私の目の前に立った。


「な、なにすんの!」
「きっと一日中こんなことするつもりだったんじゃね?」
「ぎ、ぎゃ……」

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