いきなりプロポーズ!?


 昨夜も何もしていない。昨夜どころか一昨夜も。そもそも仮に達哉とあんなことやこんなことをしたとして、鈴木夫人にのぞきの趣味でもなけば知るはずもない。


「愛弓さんもう忘れたの? キスしたでしょ、あんなに長く」


 ぶはっ。三度吹き出す。そういえばこのご夫妻は私たちのキスをマジマジと見ていたではないか。顔の中でも唇はますます熱くなる。いやこれはハンカチの摩擦だ。


「長……あ、あれはカメラの露出が、だから」
「いくら演技でもあんなキスをするなんて、新條さんも愛弓さんを意識してるんじゃないかしらね」


 そんなはずはない。彼の中には元カノがいて、昨夜のキスのあとはごちそうさまと軽く言われたんだから。


「そ、そうでしょうか」


 夫人と立ち話をしていると到着していたエレベーターから達哉が出てきた。何食わぬ顔で歩いてくる。


「噂をすれば影ね。あ、あら」


 夫人が言葉を止めた。達哉のほうを見ると知らない男がノートを持って駆け寄っている。達哉ははにかんで彼からボールペンを受け取るとさらさらとノートに何かを書いた。


「すごいわよね、彼。有名なんですってね」
「有名?」
「コンシェルジュ・ユナイテッドっていうサッカーチームの選手だったんでしょ?」
「ええ? サッカー? だって達哉は配送業だ、って」
「配送業? おかしいわね。他の方がイギリスの有名なチームの選手だって教えてくれたんだけど……」


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