僕は二度、君に恋をする


「……彼が名前を呼ぶの、キラいだったの。」

「え……?」

「マキって名前が嫌いで。だから、彼がそれを甘ったるく呼ぶのがキラいだった。」


 いつものマキからは考えられないほど、蚊の鳴くような声だった。

 それはかえって色気を伴って、そしてあまりに儚かった。


「でもね、泰彦がマキって呼んでくれるのは、好き。」


 思わず声を失う僕に、マキはとどめを刺す。


「もしかしたら、浮気者は、わたしの方かもしれないね。」


 たまらなくなって、僕は突っ張っていた腕を折ってマキの上に倒れこんだ。マキはヒャアと小さな悲鳴を上げる。


「そんなこと言われて平常心でいられるわけないじゃんか。」


 マキが固唾を飲むのが聞こえる。怖がらせてしまっただろうか。

 でも僕の方は襲うつもりはない。体を起こして彼女を見たら、真っ赤な顔で目をうるうるさせて怯えていた。


「大丈夫だよ。僕がウブなの忘れたの? しかも理性を忘れられない僕だよ?」


 僕はベッドから立って、コーヒーの残りをすする。

「てっきり襲われるかと……」


 か細い声がした。


「誘っておきながら怖がってたんかい。」

「ごめんなさい。仕掛けたの、わたしなのに。」


 振り返ると、濡れた子犬のように縮こまるマキがいた。そっと頭を撫でる。


「僕、別にそんなつもりで乗ってないから。マキがまた、はじけるようにクラリネット吹いてくれれば、僕はそれで満足だから。」


 泣きじゃくり始めたマキが落ち着くまで、僕は彼女の家にいた。

 気がついたら日が暮れていて、僕の自宅で音出しができる時間を過ぎていた。今日は練習し損ねた。

 でも、それでよかった。


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