ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

13話、舞踏会の終わり

「ごめん。待たせたね!!」

 キャットが爽やかに、フルールに頼まれたチョコレートを手に持ち戻ってきた。


 空気が重い…。何があったのか…。何が…原因か。エルティーナ様…は何故涙目?
 キャットがイマイチ今の状況を呑み込めず呆然としていると、フルールが横からチョコレートをかっさらう。

「エルティーナ様。これ、お食べになって。私のオススメ! というか…エルティーナ様は、チョコレートがとてもお好きでしょ。だからチョコレートを見たら、エルティーナ様に! って思っただけ。特別なチョコレートではないけど。食べてくださいな」

 一つ摘んでエルティーナに差し出す。
 視界目一杯に広がるチョコレートに意識が向き、いじけていたが欲しいものは欲しい。
 有り難くフルールからチョコレートをもらい、ぷるっとした唇に自らチョコレートを運ぶ。

 フルールとエルティーナのやり取りが、危ない世界への情景で…。フルールとエルティーナを遠目で見ていた若者達が一気に真っ赤になる。
 二人とも、抜群に綺麗なだけに…。本当に危ない世界である…。フルールの夫である自分が近くにいるのに…。周りからは視界に入ってないのだろうと、溜め息が出る…。


(「まぁ…上手い事いったかはわからないけど…。
 兄上に言われた通り、フリゲルン伯爵とエルティーナ様を離せたし、これでもう誰も話しかけてはこないな」)とキャットは安心する事にした。


「もう…帰りたいわ…」

 小さな小さな声で、エルティーナはいった。もう…疲れたのだ。このようなドレスは一刻も早く脱ぎたい。

 (「…チョコレート美味しい…。まわりがパリパリで中がトロッと。チョコレート美味しい…」)

 エルティーナの思考は、疲れ果てていて無茶苦茶になっていた…。

 いつもの優しいアレンに会いたいと思う。もう我が儘は言わないから『エル様。おやすみなさいませ』って声が聞きたいのだ。

「…キャット。帰りたいわ…」

 ぽりぽりチョコレートを食べながら、意気消沈しているエルティーナ。

「あ…うん、了解。エルティーナ様にしては、今日たくさん話して頑張っていましたからね。警備もそろそろ交代時間だし、兄上の所に行こうか! 送っていくよ!」

「はい。よろしくお願いします」

「キャット。私はもう少し残りますわ」

「うん了解。では行きましょうか。エルティーナ様」

 フルールはまた女の園に戻り、エルティーナはキャットにエスコートされアレンの元へ。

 いつもと同じように。だからキャットは分からなかった。
 いつもと同じように。だからエルティーナは分からなかった。
 まさか、アレンが隣国の王女カターナを離宮に送る為に、エルティーナの護衛を人に任す選択をとるとは、二人はまったく思わなかった…。



 アレンは、大広間から庭園に続く柱に寄りかかり、腕を組んで立っていた。
 月の光はアレンにとても似合う。

『白銀の騎士』とは、本当に言い当てた通り名である。
 そしてもう一つ、御婦人の間でまことしやかに囁かれている通り名は…『歩く宝石』
 今のアレンには、この通り名があっていた…。
 エルティーナは、そんなアレンのもう一つの通り名を思い出し、うっとりと見つめた…。アレンは…本当に宝石みたいであった。

 腰まであるたっぷりとした銀色の髪も、どこか硬質なアメジストの瞳も、磨き上げられた大理石のような白皙の肌も。
 そして芸術家が、己の魂をかけて創り彫り上げたような、切れ長の瞳、高い鼻梁、薄い唇。頬から喉にかけての綺麗なライン。文句無しの美しさ。

 エルティーナは、月光をまとうアレンから目を離す事が出来なかった…。


「兄上。エルティーナ様が部屋に戻られるので、お連れいたしました」

「…あぁ……キャット。私はカターナ様を離宮にお送りする。エルティーナ様の護衛は、キャットか…レオン殿下の衛兵に頼んでほしい」

「…えっ……?」エルティーナの瞳は驚愕に見開かれた。

「あ、兄上、何をいって!? 正気ですか!?」

 キャットとエルティーナが硬直しているちょうどその時、背後からやたら甘えるようなネットリとした声が耳に入ってきた。


「アレン様!!! お待たせいたしましたわ。ごめんなさい。
 たくさんの殿方にお声をかけられて。もう…なかなか来れなくって」

 耳障りの舐めるような声…。まるで自分の恋人かのようにアレンの腕に手を絡ませ、そして絶妙なタイミングで擦り寄る。

「………ではお送り致します」
 淡々としたアレンの美声が遠くに聞こえた…。




 エルティーナの部屋まで続く長い長い回廊。
 華美な宝飾が一切施されていない廊下は、豪遊をよしとしないボルタージュ王族の質の良さが如実にあらわれていた。
 華やかさにはかけるが、王族が住まう場所としての安全面から侵入者を知らせるよう靴音が響くような廊下になっていた。

 エルティーナは漠然と、いつも聴いている靴音が違うと思う…。

(「あ…人によって靴音が違うんだ…」)

 と。ぼーーと思い…。今の状況をしっかりと自覚してしまい…。柔らかいブラウンの瞳から涙が溢れてくる…。
 いつもと違うアレン…。アレンが…側にいない…。
 嫌われた…断わられた…なんで? どうして? 意味が分からない。こうなったのは今まで沢山の我が儘への罰なのではと。

「!?」
 エルティーナの涙に、キャットは息を呑む。

「エルティーナ様…あの…」

「…大丈夫!! 泣いてないわ!! 大丈夫!! あっもう部屋が見えてきたから、ここで大丈夫よ!!
 えっと、フルールお姉様に謝っておいてください! キャットをこんな所まで、来させちゃったし…ごめんなさい」

 わざとらしく明るく笑って走っていくエルティーナを見つめ、扉が開き中に入るのを見届けながら、キャットは兄を軽蔑した。

 ここにいない、兄に問いかける…。


「兄上は…何よりも大切にしている人を泣かせて、苦しめて、それで満足なんですか」と。

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