ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

31話、覚悟の代償

ボルタージュ国への観光客や、王都に住む人が集まる住宅街より、少し離れた場所にメルカの歓楽街がある。

 メルカは全てが同じ建築様式で造られている為、昼間は大きく差はないように見える。しかし一度日が沈みあたりが暗闇に閉ざされたあと…そこは姿を変える。

 明明と照らされた街灯は華やかで、紳士の付き合いや賭け事、そして娼館などが建ち並ぶ歓楽街へと変身をとげる。



「お姉様、ただいま戻りました!!」

 明るいソプラノの声が店内に響く。開店するにはまだ早く。店の中には一人の客もいない。客はいないがそこで働く人は勿論存在する。

「おかえりミラー。うん!? アレン!? どうしたの!? こんな時間に!? えっ姫様は!?」

「………」

「うっ…お姉様…私が余計なことを言って、お姫様と離しちゃった……。あははは」

 頭をかきながら、苦笑いを浮かべるミラー。そんなやり取りを静かに見ていたアレンが、溜め息と共に経緯を語る。


「エルティーナ様とレオン。パトリック、フローレンスと王都散策として街に降りていた」

「へぇあいつらも、一緒かぁ。懐かしいな」

「お姉様…言葉が男に戻ってるわよ〜お兄様〜」

「お兄様って呼ぶな!!」

「はぁ〜何よ。教えてあげたんじゃない。じぁ! 私は用意してくるわ」

 ケタケタ笑いながらミラーは、二人の側を離れる。


「お前達は、相変わらずだな」

 アレンはソルジェとミラーの言い合いがいつも通りで、肩の力を抜いて微笑んだ。

「そういう、アレンはいつ見ても美しいわね。眼福眼福。はぁ〜いい身体ね。もちろん顔も。お店始まるまで時間があるし、呑もうか?いいお酒入ってるわよ。奢るわ」

 アレンにパチンッと、何か含みを込めたウィンクを贈る。

「…あぁ。貰おう」

 あからさまな態度が面白く、ソルジェの提案にのる。
 アレンは長テーブルに綺麗に並べられていた椅子に腰かけ、ソルジェが出してきたワインに口をつける。

「なんか、ミラーが悪い事したわね。あの子はいい子なんだけど…、男好きと。空気が読めない事が玉にきずなのよね…。
 さわりだけ聞いても、姫様の前であからさまに貴方を誘ったんだろうなぁ〜って、分かります。変わりに謝るわ、すみません」

「…ああ。流石にあれは堪えるな。あからさまだったが、エルティーナ様は全く分かってない」

「まじで…」

「普通に、久しぶりなら店にいけといわれた…。まさか娼館だとは思ってないな」

「……ミラーみたいに男と寝るのが生きがい。ってタイプも珍しいけど、姫様はまた…かなり問題ありね…。
 大丈夫なのかしら……。昔、私達の上半身裸で訓練しているの見て吐いていたし。……私達が汚いみたいじゃない…姫様を連れてきたレオンが悪いのよ。あの阿保のせいで!!」

「実際、綺麗なものではないからな。吐かれて当然だ」

「はぁ〜!? 剣を振り回して、訓練してて美しいのなんて、貴方とレオンくらいよ!! 馬鹿言わないで!
  はぁ〜レオンに会いたいなぁ〜。騎士を辞めてからは会えてないし」

「男だった騎士の時の姿なら、ぎりぎり大丈夫だが。今の女の姿でレオンに迫ったら、確実にエリザベス様に殺されるぞ」

「嘘…意外…」

「意外か? エリザベス様は曲がった事が嫌いだからな。浮気なんて問題外だ。白か黒しかなく、グレーなんてものは存在しない。
 レオンは次期王で、見目もよく、騎士の称号ももっている。妻や子供がいても今でもレオンはモテる。
 ただ、エリザベス様に歯向かえないからな。恐くてレオンに寝ようと誘う馬鹿はいない」

「本当にこの国は変わってるわ、普通は王族は一夫多妻制をとるものよ。隣国のスチラやバスメールも一夫多妻制だしね。この国にその制度がないのが不思議で奇跡よ」

「……そうだな」

「風の噂で聞いたのだけど…姫様、結婚するのよね……。
 大丈夫なの?? どうやって子供が出来るか姫様は知ってる? それまでの過程は、ちゃんとご存知なのかしら?
 小さい頃から天使みたいだったから、大人達が生々しい話を耳に入れたくない気持ちも分かるけどね。
 …あの可愛さを見ると、自分が汚れているみたいに思うもの。でも、そうも言ってられないんじゃあ……」

「今も、何も知らない」

「は!? 誰も何もいわないのか!?」

「言葉使いが戻ってるぞ」

「…それはもう優しさじゃない」

「王とレオンは言わないな。一度、エルティーナ様の身体の変化について話をして、しばらく会いたくないと拒絶されたのを今だに気にしているし。
 王妃も一緒だ。そして彼らが言わないなら誰も言わない」

「それで、初夜で初めて男を知るの? 残酷なことさせるのね……」

「………」

「あっ! そうそう、貴方が教えてあげたら?手取り足取り!!
 ……て……冗談よ。…睨まないで………本当に………恐いから……」

 ソルジュは慌てて否定するも、冗談が全く通じないアレンを昔から変わらないなぁ〜と感心した。


「…ねえ。アレン。情報。また、あるんだけど。いる?」

 先ほどとはガラッと印象が変わる。身体を机の上に乗せ、ソルジェは自慢の胸を突き出しながらアレンを上目遣いで見上げた。

「それは、ボルタージュにとって有益な情報か?」

「勿論。裏まではとれてないから、口付けだけでいいわ」

 アレンは、ソルジェの波打つ黒髪に手を入れ緩く持ち上げる。瞳を閉じてソルジェの唇に己のものを押し当てる。そして…軽く啄んで離した。


 ソルジェは満足そうに微笑んだ。

「……ご馳走様。情報はね、バスメール国の事。かなり財政が逼迫しているみたい…。貴族潰し。これを今、バスメールの王族が率先しているらしいわ。
 狙われているのは、勿論ボルタージュ。もう潰されたところもあるみたいだけど…。報告は上にいってないでしょ? 貴族の連中も己の腹が白くないから、直接王家には言えないのではなくて??」

「調べてみる」


 バタン!……ドンドンドンドン!!バターン!!!

「ミラー!! 煩いわよ!!!」

「ごめんなさい。お姉様! 今、思い出してさ。アレンに情報をあげようと思って! 情報あげるから、寝て!!」

「店が開くまでには、帰るつもりだ」

「えぇ〜…いい情報なのに。じゃあキスでいいわ。アレンの大事なお姫様の事だよ?」

「…分かった」

 アレンは椅子から立ち上がり、ミラーの前に…。
 左手でミラーの頬を固定し唇を重ねた。顔を離すと、ミラーは不満げにアレンに抱きつく。

「こんなキスでは、情報はあげません」

 アレンは軽く溜め息をつき、再度唇を重ねる。
 今度は軽く唇を開き、舌を絡ます……半開きになったミラーの唇から飲み込めなかった唾液が流れ出し、卑猥な音が出だしたところで、ちょうどミラーの腰が砕けたのが分かり唇を離す。
 同時にミラーの腰に添えていた手も離した。これ以上触りたくないとばかりに…。
 床に座り込むミラーは不満げにアレンを見上げる。


「… ぁぁぁん。相変わらず上手いけど……扱いひどい!!」

「ミラー、情報」

「まだ、さっきの事 怒ってるでしょ!! ふんっ いいわ。気持ち良かったし!!
 情報はね。バスメールのカターナ王女の事なんだけど……。
 何年も前から、うちのお姫様の肖像画を片っ端から集めてて。もちろん可愛いから家に飾ろうっていうのじゃないわよ。あっ、私の部屋にはあるのよ! 絵姿!! この間のオークションで落札したの!! 今度見る?可愛いわよ。
 話がそれたわ、えへへー。でその姫様の絵を焼いたり、切り刻んだり、溶かしたりしているって。
 うちのお姫様はまじ天使だから、嫉妬ってのもわかるけど。今はエスカレートしてるみたい。舞踏会であったりした?? 大丈夫だった???
 この話をしてくれたバスメールの貴族の子がかなり怯えてたの。思い出すだけで恐怖だったのか、時間が決まってるのに なかなか勃たなくて可哀想だったわ。
 アレン。カターナ王女がいる時は絶対お姫様から目を離さないでね。何をするか分からないわよ」

「ありがとう。勿論、目は離さない」

「ええ」カラン。カラン。

「あっ他の子達がきたから、行くね!! じゃあまたね!」
 と手を振って店の裏口へ、ミラーは向かっていった。



「ソルジェ」

「なぁに?」

「……去勢をして…どれくらいで動けるようになった?」

「は!?!? 何をいきなり…。えっっっと、普通の生活に戻れたのは一月くらいかかったかしら。最初の三日間は全く動けなかったわよ」

「…そうか」

「…………」

 店を出て行くアレンをみて、ソルジェは我にかえる。

「アレン!! 待って!! な、なんでそんな事を聞くの!?」声が、震える。

「あ、貴方には、関係ない話よね!!!」

「……今日の酒は良かった。ありがとう。また、来る」

 アレンの去ったドアをソルジェは茫然と眺めていた……。




 陽は沈み。空は暗幕のように黒く、全てを飲み込んでいる。今のアレンの心のようだった。

「一月か…長いな………」

 エルティーナの護衛騎士になって七年。アレンがエルティーナに会わなかった日は一度たりともない。

「……私は、一月も彼女に会わなくて正気でいれるのか??
 覚悟は出来ているが…エル様にしばらく会えないのは……つらいな……」


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