ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
55話、ペリドットの庭園にて、エルティーナの決断
エルティーナはかなりぶすっとしたまま、部屋の中でメーラルに髪の毛を整えられていた。
鏡ごしで呆れ笑いをしながらメーラルはエルティーナの髪を編み込んでいく。
(「何よ!! みんなして!! 私が悪かったみたいじゃない。
……私が悪いのだけど……。なんか汚いものを見せられて、目が腐るって言われている気分だわ……。どうせ、見苦しい身体ですよ!!」)
「……エルティーナ様、せっかくの可愛らしい顔がとても残念なことになっておりますよ?」
メーラルの問いに無視を決め込む。そんなエルティーナにメーラルはくすくす笑いながら、柔らかい頬をふにふにと触る。
「エルティーナ様、終わりましたよ。可愛いです! 今日はドレスと同じ生地でお作りした水色のリボンを編み込みましたわ! ほらっ笑ってください」
優しく笑うメーラルにほだされる。そうだ、爽やかな朝に目にするようなものではなかった。そこは正直に謝るべきで、性格まで悪くなりたくはない。
「メーラル。とても綺麗にしてくれてありがとう! ドレスと同じ色のリボンはとても素敵だわ。この編み方はリボンがまず目に入るから、顔が小さく見えるから嬉しい!!」
「エルティーナ様のお顔は、もともとお小さいですよ」
「ふふっ。それはね身内の意見なの。でもそう言ってくれるのは嬉しいわ!! ありがとう!……メーラル。……あのね
さっきは…ごめんなさい。爽やかな朝から見苦しいものを見せてしまって……これからは絶対にしないから、安心してね」
言葉にするとより惨めさが胸を痛くする。
「み、見苦しいって。エルティーナ様、それは違いますから!! 決して見苦しくはないです。明るい陽の光の下で見るものではないと言うか、なんと言うか……」
「……はっきり見て気持ちの良いものではないと言うことよね。
大丈夫よ。人様に見せるような身体じゃないと分かっているわ。謝ったし、反省してるからもう話は終わっていい??
あんまり言うと泣いちゃいそうだから」
「エルティーナ様っ………」
謝ったはいいが慰められると余計惨めになる。コンプレックスの塊のエルティーナは、結構限界だった。
エルティーナの自室の扉すぐ横の壁に、アレンは背を付け腕を軽く組み立っていた。
この階はエルティーナ専用となっていて、あまり人通りはない。大理石の回廊は一見冷たく感じられるが、ある一定の距離ごとに、回廊を飾る置物が置いてある。そこには、エルティーナが好むような、白磁の壺や、花の彫刻、ガラス細工がデザインよく置かれていた。
「あぁ…………、朝から衝撃的過ぎて疲れるな……。子供の時ならいざ知らず、今の姿の裸体は正直やめて欲しい……。
なかなか、熱が冷めなくて困る………まだ身体が熱い。
………綺麗……だった……」
身体の熱を逃がすべく、ゆっくりと息を吐く。
「恥ずかしがってまた目を合わせてくれなくなりそうだ。
触れることが出来ないのに目線も合わないなのは、堪えるな……。今朝の話題には触れないのがベスト…か」
アレンが考えを終結させたと同時に、扉がゆっくりと開く。普通に接することを頭にたたき込み身構えた。
顔を見せたエルティーナはアレンが想像していた表情ではなく、とても不貞腐れている一番予想外の表情だった。
「アレン…待たせてごめんなさい。お茶会の場所はラズラ様の希望でペリドットの庭園になったの」
なんとも簡潔な。感情が一切感じられないエルティーナの言葉に背筋が凍る。
「ペリドットの庭園ですね、かしこまりました」
(「……怒っている? 違うな、拗ねている? 私に見られて気分が悪くなられている? まさかな………。
見てないとは言えないしな。……しばらく自慰には困らないほど、しっかり全部見たし。……迂闊に話さない事だな」)
アレンは自己解決し、エルティーナから話すまで黙る事にした。
(「ほら…やっぱりアレンも相当気分が悪かったんだわ……。いつもなら、甘い言葉をかけてくれるのに。何も話さないし言葉も甘くないし……。
でも、謝りたくない!! 絶対に嫌!! メーラルにもナシルにも、キーナにも謝るのはいいけど。
アレンには謝りたくない!絶対に嫌!!
何故大好きな人に「私の裸は気持ち悪いでしょ。見苦しい肉の塊を見せてごめんなさい」って言わないといけないのよ!! 事実でも、ごめんだわ!
………自己嫌悪…早く忘れてほしい…」)
それから、二人は何も話さずにペリドットの庭園に到着した。
「エルティーナ!! こっちよ。こっち」
ラズラが笑顔で手を振っている。沈んでいた気持ちが上がる! ラズラに向かってエルティーナも手を振りかえす。
庭園の真ん中には真っ白い円柱が建ち並び、日差しを遮るための屋根を支えている。屋根も一枚板ではなく、編み込んだような型になっており光がはいるよう工夫されていた。
編み込んだ形の屋根は、屋根としての機能を果たすため、無数の蔦が絡みついており太陽の光を柔らかく遮断して心地よい空間を作り上げていた。
「ラズラ様、フルールお姉様、お待たせ致しました。遅くなりましたか? 申し訳ございません」
「大丈夫よ。エルティーナ様、私も今来たとこだから気にしないで」
フルールはふわっと微笑む。
「ふふふ。フルール、エルティーナ、大事な時間をありがとう。楽しみましょうね」
「はい!!」「ええ」
エルティーナとフルールはハモりながらラズラに返事を返した。そして、ラズラはエルティーナの後ろに控えているアレンに目を向ける。
「アレン様。今日は女性だけのお茶会なの、護衛の方々もエリザベス様直属の女性騎士をお借りいたしましたので、お帰り下さって大丈夫です。お開きの後はエルティーナをきっちり送り届けますわ」
「ラズラ様、周りにいる護衛と私は関係ございません」
アレンはエルティーナと離される事に苛立ちを感じる。しかしそこにトドメをさすエルティーナの言葉が飛んでくる。
「ラズラ様の意見はとてもいい考えよ、アレン!! お話は長くなると思うの。
だから今日一日はいつも出来ない事をしたらいいと思うわ。いつも私のお守りだけでは疲れるでしょ。だから是非、羽根を伸ばしてきて! いい気分転換になると思うわ!!」
エルティーナは満面の笑みでアレンを見上げる。そうだ!そうだ!!ラズラ様は本当に、いい提案をする。
アレンには今日恋人といちゃいちゃしたり趣味に没頭するなり楽しんだら、今朝の見苦しいエルティーナの裸は忘れる。素敵な提案に大賛成だ。
(「 さあっ、行って! 行って!!」)
エルティーナがいい考えだとトンチンカンな主張をしている時、ラズラは呆れていた。
エルティーナは天使の姿をした悪魔だ…。
満面の笑みでアレン様を傷つけている…。無意識が一番タチが悪い。今の会話を聞いたら、どう考えてもエルティーナと離れたくないのが分かるはずなのに。
ラズラも人の事は言えないけど、エルティーナの考え方はズレていると思う。
そしてアレン様の敗因は、長く一緒にいる為にエルティーナに対して〝男〟を少しも出さなかった事。十一年前の出会いを忘れているフリをした事。
それでエルティーナは自分はアレン様には恋愛対象外の存在だと思った…思い込みが激しい子だから。アレン様がエルティーナに欲情した所で、彼女にはこれっぽっちも伝わらない。伝わっても困るんだろうけど…。
「……かしこまりました」
アレンは感情のない声で返事を返した。
「うん! 今日一日楽しんでね、また明日!」エルティーナはまたも満面の笑みでアレンを送りだす。
(「はい!? 今日一日会わないつもりなの!? 分かってやってる?? 嫌、違うわね……。アレン様が可哀想だけど、私、あと数日で帰らないといけないし、エルティーナを貸して下さい!! 私にも愛でさせて」)
ラズラは何度も心の中で、アレンに謝った。
アレンがペリドットの庭園を離れたのを見て、ラズラは思わずエルティーナに問う。
「ねぇ、エルティーナ。アレン様と今日一日会わない必要はないんじゃない? 夜に会ったらいいし、おやすみなさいって言わなくていいの? 寝る前に麗しい美貌のアレン様を見るのはいい夢が見れそうよ」
ラズラの言葉にエルティーナは、少し恥ずかしそうに話す。
「……だって。昼間に時間があいたとしても、いきなり恋人とは会えないわ。連絡をとって、会うのは夜よ。
アレンはいつも騎士団専用の部屋にいるの。王都にかなり大きなお屋敷を持っているのに。だから折角なら恋人とお屋敷で会ったらいいかな? と思って。夜は長い方がいいし、たっぷりね!!」
もう言わさないで、きゃっ!! って話すエルティーナに、ラズラもフルールも唖然。
フルールは静かに両手で顔を覆い、俯きながら首を左右に振っている。
ラズラは、こめかみがピクピクしていて怒鳴らないよう我慢していた。
「それに……アレンとずっと一緒にいるのをね、徐々に少なくして行こうかと思って」
エルティーナは一瞬で空気を変えた。
フルールもラズラも背筋がのびる。
「私は、後半年でフリゲルン伯爵家に嫁ぐわ。伯爵家の領地の事、屋敷の事、領民の事、後継ぎの事、色々考えて行動して行かないといけなくなる。私を馬鹿にしてきた令嬢達に負けたくない。王女の立場がなくなれば、皆は私を蔑むわ。でも、それは挑戦だと思っているの。作法も語学も帝王学も私は習得している。一流の先生について学んだことは、絶対に無駄にしない。
だから…アレンには建国記念日までに護衛を辞めてもらうつもり」
エルティーナの考えにラズラもフルールも息をのむ。
「ま、まって、エルティーナ様。それはアレン様はご存知なのかしら。そんないきなり……」
「まだ話してないです。でも後、ひと月ぐらいと考えています。本当は寂しいから…建国記念日までと思っていたけど。早ければ早い方が、私にもアレンにもいいと思う。お父様にも近々話しますわ」
フルールが椅子から立ち上がる。
「違うの、エルティーナ様、そうじゃないの!! アレン様のお気持ちは!?長く一緒にいて、貴女がそんな大事な事を勝手に決めてもいいの!?」
「フルールお姉様。私とアレンは王女と騎士です。私には王女としての役割、アレンには騎士としての役割があります。先に進みます。いつまでも子供ではいられないから」
ラズラはエルティーナの言葉に王女を感じた。
エルティーナは、やはり凄い。可愛いいだけじゃない。きっと無意識のうちに分かっているのだ、アレンとの関係が長くは続かないと。
ずるずると一緒にいてマイナスはあってもプラスはない。フリゲルン伯爵と結婚が決まり今までと同じようにアレンと一緒にいては体面がよくない。
馬鹿な令嬢ほど、ある事ない事を話のネタに人を落とし入れるからだ。
エルティーナは、ゆっくりとラズラを見て、フルールを見て、きゅっと唇を噛み一呼吸置いた後、口を開く。
「アレンからは、たくさん、たくさん、返しきれないくらいの素敵な思い出を貰いました……もう……充分………」
憂いを感じるエルティーナの声は、文句なく美しく心を揺さぶる。
「幸せになりましょうね。エルティーナ!」
ラズラはそう言って、ドレスの上で固く握られているエルティーナの手にそっと自身の手を被せる。
その手をエルティーナは握り返し「はい!!」と元気よく返事をする。
フルールは、そんな二人をみて必死に涙を堪えていた……。