ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

65話、それぞれの想い

「……エルティーナ様………」

「………ナシル……部屋に、入るわ…ごめんね…」

 エルティーナがアレンに護衛終了を話す事はナシル含め侍女、皆が知っていて。想像通りに事が運べばいいと思っていた。
 エルティーナの言うように護衛終了を喜びはしないだろうけど、甘く名残惜しくラブシーンを繰り広げると全員が思っていた。だからこそ驚いたのだ、あまりにもあっさりと淡々と終わったのに………。


「今まで見てきたアレン様は違う人なの?」
「まさか、全部演技??」
「……アレン様ほどの美貌の人は去る者追わず…なのかしら……あんなに、エルティーナ様といちゃいちゃされていたのに…酷いわ」

 侍女達は今のあり得ないやり取りに対して、不満しか残らない。


「ナシル。お風呂に入ろうかしら。明日も早いしね!!」

 エルティーナの無理する明るい声が静かな室内こだます。

「はい、かしこまりました」

 ナシルと侍女達は何も話さず作業に取り掛かる。
 パニエをとりドレスを脱がせ、髪をほどく。この芸術的な髪型を作って賞賛していた時間がはるか昔のように感じた。

「……お風呂……一人で入りたいのだけど、……駄目かしら? 駄目ならいいわ、大…丈……夫……」

 苦しそうに笑うエルティーナを見てられない。ナシルはいつもより声のトーンをあげて話す。

「どうぞ、お一人でお入り下さいませ。何かございましたら、お声をお掛けくださいませ」

「ナシル…ありがとう……」


 エルティーナは一人、バスルームに足を入れる。
 バスタブからは湯気がたっており、白い湯気が視界を遮っている。まるで今のエルティーナの気持ちのようだった。

「呆気なかった……。
 好かれているかな? って思ってた。私は自意識過剰よね…どうして好かれているって思ったのかしら…アレンは本当に私に興味がなかったのに……。
 ……でも……アレンが悪いんだから、あんなに優しく、大切にされたら、好きになっちゃうわよ!
 馬鹿、馬鹿、馬鹿! たくさんの女の人とお付き合いしているクセに、ちっとも女心が分かってないんだから!!
 ……減るものじゃないし、笑ってくれたっていいじゃない……抱きしめてくれたって……「今まで、楽しかったです」くらい言ってくれてもいいじゃない!!」

 自分の言葉でさらに胸が痛み、声が言葉を紡げなくなる。

「えっえっ……うっうぅぅ……あぁぁぁぁっ!!」

 ここで泣くのを最後にしようと決めて、エルティーナは我慢せず声に出し泣き喚く。

 七年間の楽しかった日々は、あっさりと終わりを告げた。





 エルティーナと別れた後、アレンは真っ直ぐ自室に戻った。部屋に入りドアを閉めた後、そのままドアに背をあずけ座り込む。


「……………キツイな………」

 自身の覇気のない、情けない声に呆れる…………。

 エルティーナからの別れの言葉が、これほど辛いとアレンは思わなかった。心臓を握り潰されているような痛みが伴う嘔吐をしている方が随分とましだ……。

「会えないのか? 声を聞けないのか…」

 しばらくは何もする気がおきず、ドアに背を向けたまま座りこんでいた………。

 護衛が終了したなら一刻も早く行動にうつさないといけない。
 明日は騎士団に行って休暇をもらい、宦官になるには教会に行き書類を作成し提出。
 面倒で仕方ない。アレンにとっては無駄なモノだから早く取ればいいのだ。手術までの過程の長さに苛立ちがおこる。長くなればなるほどエルティーナと会える時間が先になる。

「……………エル…様……」

 声に出すとさらに、愛しさがまし会いたくなる……。

 重い腰を上げ、明日の準備をしようと軍服を脱いだ時。エルティーナから貰ったヘアージュエリーがベットに転がる。緻密に作られたそれを見て小さな溜め息がでる。

 エルティーナが一所懸命に作り、アレンを思い 別れの品としてくれたヘアージュエリーはとても嬉しいし感動した。
 でもアレンにとって、これはエルティーナに付けて欲しかったのだ。

「エル様の白い肌の上に付けて欲しかった……。
 これを渡された時、私自身を拒否された気分だったな……フリゲルン伯爵は、私からエル様の全てを奪っていく。
 例え…エル様の思い人であっても、一生好きにはなれないな………」

 自分の髪はどうでもいいが、これの一つ一つにエル様の指が触れて作り上げていったと感じると胸はあたたかくなる。


「そういえば…エル様から物を貰うのもはじめてか?」

 苦笑しながら、留め金を外し首にかける。肌に馴染むそれを見て思う………。

「ヘアージュエリーなら、エル様の髪が欲しかったな………全財産を払ってでも……欲しい………。
 ふっ…。やはり、私の愛し方は暗いし重いな………」

 苦笑しながら、服を脱ぎシャワーを浴びる。


 エルティーナは終わったつもりだった…。だがアレン は終わらすつもりは毛頭なかった。小さなすれ違いが大きなすれ違いになっていく。
 二人の気持ちを知っていて、助言ができる唯一のラズラは今ボルタージュ国にはいない……。

 建国記念の日まで後、ひと月半となっていた。




 エルティーナの生活は、穏やかなものだった。たまに、お兄様やお義姉様が顔を見に来る。

 気をつかわせているなぁ……と感じるが、優しい気持ちが嬉しいので、知らない振りをして馬鹿な子を演じながら迎えてお話をする。

 たまに自室を離れ、お茶会や晩餐会に出席する時には、もしかしたらアレンに会えるかも? と思って張り切ってお洒落をして行くが、あの日から会わなくなった………。

 それが本当に不思議だった。

 エルティーナからアレンの事を聞くのはまわりの空気を悪くするから、絶対駄目だと分かる。だから気になっていても誰にも尋ねられない……。
 全く見かける事もなくなって、噂も聞かなくなった…。アレンを王宮で見てない?? お茶会に参加している令嬢達の会話からもそう読み取れる………。

 そんな噂がまことしやかに囁かれるようになった時、フリゲルン伯爵がエルティーナの顔を見に王宮へ訪れた。


「お久ぶりです。レイモンド様……どのようなご用件でしょうか?」

 優雅に挨拶をしながらエルティーナは刺々しい態度を崩さなかった。
 それは仕方ない。フリゲルン伯爵が王宮に来る。となってから、まぁ頭から足の先まで、磨かれる磨かれる。エルティーナは心の中で「なんで、レイモンド様の為に美しくしないといけないのよ!?」と叫んでいた。

 一応……レイモンド様とは恋愛結婚になっているから、ナシルや侍女達にも愚痴れないし、お兄様なんて問題外。エルティーナは、悶々としながら数日を過ごしたのだ。



「えっと……機嫌悪いね……エル様……」

「レイモンド様は、何をおっしゃっているのかしら。普通ですわよ。別段、嬉しくも楽しくもないので、こんなものです」

「刺々しさ満載だよ……アレン様に振られたからって僕に当たらないでよ。はっきり言って迷惑だよ?」

「なっ!? ふ、振られてません!! そもそも告白もしてないし、付き合ってもないので、振る振られるという話にはなりません!!」

 レイモンドのあまりにも的確な言葉に、悔しくてエルティーナの瞳には涙の膜がたっぷりと張っていて溢れ落ちそうだった。
 でも「泣くもんか!!」と気持ちを入れて、レイモンドを睨みつける。


「ごめん、ごめん、言い過ぎたよ。泣かないで」

「泣いてません!!」

「うん。泣いてないでいいから、少し落ち着こう。さっきのは冗談だからね、エル様。
 あのアレン様がすんなり貴女から手を引くわけないんだよ。あの人、基本恐いから……嵐の前の静けさだよ」

「レイモンド様……アレンを悪く言わないでください」

「………うん。もういいや、君たち変な人なんだよ。それでいいよ。
 後、少しお茶を飲んだら帰るよ……。一応恋愛結婚なのに、建国記念の日まで全く連絡とらないのはおかしいと思ったから来たんだ。大変だったね……ごめんね」

 いきなり下手にでたレイモンドに、自分の態度が悪かったと気づき、エルティーナも冷静になった。

「あっ、あの、ごめんなさい。レイモンド様も忙しい方なのに、わざわざ来て下さったんですよね!! 態度が悪くて申し訳ありません……」

「別にいいよ。エル様は、寂しかったんだよね。あのね、その……アレン様に護衛終了って話した日から、一度でも会った? 会わなくても王宮で見かけたりした?」

「いいえ……会ってないし、見かけてないわ……王宮にはいないみたいよ。何故だか分からないけど……お兄様も知らないみたい。何処行ったんだ。ってブツブツ言ってたから……アレンには今度、クルトの護衛についてもらいたいみたいなの。私もそれは賛成よ!! アレンほどの騎士はいないもの!!」

「大絶賛だね。確かにアレン様ほどの騎士はいないね。色んな意味で…」

 レイモンドはたっぷり何かを含んだ言い方をした。

「もう!! やっぱり、棘がある!! レイモンド様はアレンが嫌い??」

「嫌いじゃないよ。恐いんだよ……」

「アレンは優しいわ? 恐くないわ」

「あははははは、うん。エル様はそれでいいよ! 純粋で可愛いし、ほんと癒されるよ」

 仮面のような嘘臭い笑いではなく、本心からくるレイモンドらしい笑顔と、いきなりの褒め言葉はエルティーナを真っ赤させた。

 それを見て、レイモンドは今度はかるく微笑み「紅茶、ご馳走様。帰るね」と席を立つ。

「門まで、見送ります」と話し、レイモンドと肩を並べて歩いていく。
 馬車に乗る時、レイモンドは周りにばれないようにエルティーナに話しかける。手をとり顔を近づけて耳元で話す。

 周りには、恋人どうしの二人が別れを惜しんでいるように見えていた。しかし内容は忠告だった。


「エル様、もう少ししたら、この国の貴族達や各国の重鎮がこの王宮にやってくる。バスメールの人間には気をつけて、特にカターナ王女には絶対に近づかないで。王女として挨拶なんてしなくていいからね。毒を盛られても分からないから」

「まさか…そんな…」

「あの悪女は、それくらいするから。僕の家族は悪女の嫉妬だけで殺された。社交界デビューする可愛いと有名な僕の妹を殺させた。
 自分の手は汚さず偶然に見せかけてね。だから近づかないで。お願いだから……僕も悪女が来る前までには、必ず王宮に入ってエル様を護るから。
 それまでは誰も信用しないで。王も王妃もレオン様もだよ。カターナ王女は見てくれがいいぶん崇拝者も多いし、各国の重鎮にいい人と思われているから」

「……分かったわ、近づかない」

「うん。約束」

 レイモンドはエルティーナの額に口付けをして離れる。
 真っ赤になって、ぎこちなく手を振るエルティーナを見て可愛いと思った。
 でも、やはり彼女を王宮に残して行く事が何処か心に棘として刺さり…気になる。

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