ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
街では建国記念日に向けて大忙し。他国からの観光客や、普段はお目にかかる事のない貴族の方達。若者たちは甘い出会いを心に抱き、そして稼ぎ年と言わんばかりに商売にせいを出す。
王都メルカは熱気に包まれていた。
ティーナの妹であるターナが一枚の封筒を渡しに、わざわざティーナの勤める店までやってきた。それを取り出し「良かったね」と渡す。
それを手にした瞬間、ティーナは嬉しさで爆発する!!
「やぁったぁーーー!!! 当たったぁーーー!!」
ふわふわの茶色の髪が宙に舞い、ストライプのエプロンが空気をふくみ舞い上がる。キラキラと輝く金色の瞳は涙の膜が張っていて、真っ白の肌は興奮から赤く色づいている。
「何、何、ティーナ!? どうしたの?? もしかして白銀の騎士と王女の舞台チケットが当たったの!?」
「うん、うん、そうなの!! 舞台のチケットが当たったのは勿論嬉しいわ。じゃなくて!! 聞いて驚け!!なんと〝運命の乙女〟も当たったのよーーーーーー!!!」
「まじでーーー!!!」
二人がはしゃいでいると怒鳴り声が休憩室に響く。
「うるさい!! 外まで聞こえてるよ!!!」
「「やばい!!!」」
休憩室ではしゃいでいて、怒られた二人はそれでも顔は笑っていた。
ボルタージュは芸術の国としても有名で、防波堤壁画や建築物、陶器や絵画など、街中が芸術で溢れていた。
その中でも乙女達を虜にするのは、舞台であった。
一番人気の演目は勿論『白銀の騎士バーナムと王女スピカ』である。
それらを演じる俳優と女優は十年に一度、国内、国外から大選抜され、特に白銀の騎士に選ばれる俳優は、見目麗しい美男子ばかり。何代目の白銀の騎士様親衛隊なるものもあり、乙女の心を鷲掴みしていた。
そして、舞台のチケットを取ったものだけが抽選に参加できるもう一つの特典が〝運命の乙女〟だった。
いつから始まったのか定かではないが、舞台終了後〝運命の乙女〟が当たった人は、その舞台で白銀の騎士を演じた俳優と甘い触れ合いが出来るのだ。
だいたいが抱擁か頰のキスになる。それも歴代の白銀の騎士で大きく違い、キスはしない抱擁のみだったり、と俳優が変わるごとに約束事も変わっていく。
今の代の白銀の騎士様は、なかなかのプレイボーイでキスも勿論オッケーで、額や頬だけでなく、唇でもいいという俳優だった。
そして彼が歴代の白銀の騎士の中でも一番、本物の白銀の騎士様に似ていると、もてはやされていた。
「ちょっと〜〜 ティーナ〜〝運命の乙女〟を引き当てるなんて、やるじゃない!! きっと一生分のラッキーを使ったわよ〜〜」
「うん! うん! 一生分のラッキーを使っても全然いい!! だって、だって、嬉しくって……あのね…」
ティーナの金色の瞳からは涙がとめどなく流れる。胸が高鳴って苦しい。
「まだ先なのに、今からこんなんじゃ当日は失神するんじゃないの?? で、で、白銀の騎士様に何を頼むの?? 抱擁? それとも口付け?」
ティーナの親友で同じミダの店で働くケイはニタニタ笑いながら、ティーナの頬を突く。涙は止まりその代わり身体中を赤く染めてもごもごと答える。
「……………口付けを頼むわ」
「やっぱり!!〝運命の乙女〟はいいから、『白銀の騎士と王女』の舞台はみたいなぁ〜」
「うん? 舞台は一緒に行きましょうよ。ケイの分もチケットを取ってるのよ??」
「えっ!? まじでーーー!!!」
「ケイ!! しぃーーーーぃ」
「おっと、ごめんごめん。私のチケットも取ってくれたの??」
「勿論よ!! ケイには婚約者がいるでしょ。だから〝運命の乙女〟には私しか申し込まなかったの。申し込んでいた方が良かった?」
「まさか、当たってもこまるし。抱擁はまだしも口付けはもろ唇にするじゃない、今の白銀の騎士様は。ティーナには悪いけど…私はあんまりそういう軽いのは嫌なんだ。ごめんね」
「うんん、ケイの言う事は分かるわ。でも私はね、彼と一度でいいからキスをしてみたいの。まだ二回しか見てないけど……舞台を見るたび、幸せになって、大好きになるの。遊びでいいのよ!! 遊びでいいの……ずっと、そう思ってきたから……」
「ずっと……?? ……まぁ…いいわ。遊びでするには最高の相手じゃない!! それでティーナが先に進めるなら万々歳よ。ティーナは優しいし、可愛いし、胸も大きくて、モテモテなのに、誰も好きにならないし誰とも付き合わない。小説ばっかり読んで、いつまでも頭の中がお花畑なんだから」
「別に可愛くないし、モテモテでもありません。それに胸が大きいのは、褒め言葉じゃないわよ……」
「え〜褒めてる、褒めてる、さぁて、誰がこの豊満な身体を手に入れるのかな〜??」
「ケイ!! 怒るわよ!!」
「ごめん、ごめん、ほら休憩終わりよ! 店に戻らなくちゃ!! ティーナ、白銀の騎士様もいいけど恋をしなよ?? せっかくこんな可愛らしく生まれてきたのに。勿体無い。
『白銀の騎士と王女』は物語なの、ヴィルヘルム王子が白銀の騎士様の生まれ変わりっていうのも、嘘くさいしね。王子様が三百年前のレオン陛下に瓜二つだから、そういう話が出たんだと思うし。
だって白銀の騎士バーナム様はレオン陛下の親友だったんでしょ? 話題づくりよ、話題づくり。王族らしいわね。ヴィルヘルム王子はホルメン国の王女と結婚するらしいじゃない。で、その王女もスピカ様の生まれ変わりって……アホくさ。奇跡って素敵だとは思うけど、私はそういう話題づくりは嫌いだな」
ケイの饒舌を聞きながら、店に戻る。
(「話題づくりか……でも、本当だったら? 素敵じゃない?? きっと、新聞に書いてあったし本当よ。隣国ホルメンの王女様が、『白銀の騎士と王女』のスピカ様の生まれ変わりらしいし。白銀の騎士のバーナム様と劇的に巡り合うんだわ」)
そう思うと胸が張り裂けそうに痛くなる………。
(「……胸が痛い…悔しくて仕方ない……違うー!! って叫びたくなる。早く、会いたい………アレンに………」)
「………会い…たい………アレンに………」
無意識にでたティーナの言葉に、ケイは身体ごとこちらに向ける。
「は? 誰? アレンって? 知り合い??」
「うん?? 私、何か言った………?」
「……いいわ、ティーナはそっち片付けてね〜」
二人は仕事に戻る。たくさんの疑問を抱きながら。
「お姉ちゃんお帰り!!」
「ただいまー!! ターナ、お店まで届けてくれてありがとう!! まさか、持ってきてくれるなんて思わなかったわ」
リビングのソファーでゆったりとくつろいでいるターナは、首だけをこちらに向けている。
「だって、お姉ちゃんずーとソワソワしてるじゃん。仕事、手につかないんじゃないかと思って!! しかし、お姉ちゃんは持ってるね〜、好きもここまでいくと拍手もんだ!! お父さんとお母さんには内緒にしてるからさ、白銀の騎士様とブチューとやってきな!!」
「ターナ!!」
「あはははははっ」
部屋の中は姉妹の楽しそうな笑い声がたえない。
食事が終わり、後片付けをし、お風呂に入り、就寝となる。父、母、妹に「おやすみなさい」といって自分専用の部屋にティーナは戻った。
鞄の中から、大切なチケットを出す。ベッドに寝転がってもう一度幸せに浸る。
誰も見てないからと、そのチケットにそっと口付けをする。
「遊びでいいの、別にそれ以上は求めてないの、あぁ楽しみだわ……口付けってどんな感じなのかしら、柔らかいの? 味ってするの? 息は止めた方がいいのかしら?
早く、舞台を…観に……行き……た…い……アレン……に…会いた……い…………うん……?………
アレン………って………、誰……かし……ら………そんな……人…知らな……い…わ…スゥー……スゥー」
ティーナは深い眠りに落ちていく。
『エルは赤ん坊だな……いい年して、またアレンに抱っこされて……』
『お兄様、酷い!! ちょっと腰が抜けたの!! アレンが耳元で話すから悪いのよ。ふんっ』
『エルティーナ様、申し訳ございません。でも、移動はずっと抱き上げてだと早く着きますよ。これからはこう致しましょうか?』
『アレン、何言ってるのよ!! いいわけないわ!!』
『エル、煩いぞ』
『むぅぅぅ………』
チチッ。チチチチッ。鳥の囀りが朝を呼ぶ。
「う〜〜んっと、今日はいい夢見たぁ〜〜襲われる恐い夢じゃなかったわ。
私、エルティーナ様って呼ばれてた!! お兄様がコーディン神そっくりで、アレンって人はツリィバ神そっくりだった。笑えるわ! プププッ!
アレンは白銀の騎士様みたいだったなぁ。本当に素敵な夢、もう一回見たいなぁ〜……。
舞台で観た白銀の騎士様より、私のイメージは今日の夢の人が近いわ……神がかった美貌だけど、細くはないの。ちょっとぽっちゃりした私でも片手で持ち上げれるくらいの腕力があるのよ………。ぅんふっ。いい日になりそう!! さぁ今日も頑張るぞー!!」
ティーナは幸せな夢に大満足だった。
運命の歯車は少しづつ回っていく……劇的に出会い恋に落ちるのは、もうすぐそこまで近づいていた。
ヴィルヘルム・ボルタージュ 25歳
(アレン・メルタージュ)
ティーナ 16歳
(エルティーナ・ボルタージュ)
ラメール・レオダート 29歳(ヴィルヘルムの護衛騎士)
ケイ 18歳(ティーナの親友)
ターナ 15歳(ティーナの妹)