ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

70話、運命の出会い

ボルタージュ国は建国記念日を迎えた。

 式典は王の挨拶から始まり、各国からの贈り物や御祝いの言葉、それが終われば舞踏会が朝まで続く。

 各国の王族、重鎮。ボルタージュ貴族達。その妻や娘、息子。静かだったのは式典が終わるまでだった。

 舞踏会が始まると皆の目の色が変わる。勿論、目的はヴィルヘルムだ。それがありありと分かる為、国王夫妻、王太子夫妻、は「可哀想に…」と生暖かい目でヴィルヘルムを見るのだ。

 式典の後の舞踏会は王族として参加している為、ヴィルヘルムの姿はいつも以上に美麗荘厳。一度目に入れると、はなせない姿となっていた。



「母上……目立つから嫌だと。お話…致しましたよね」

「まぁ!! ヴィルは何を着ても目立つわよ。どうせ目立つなら、やっぱりね?
 ふふふ……似合うわね!! 最高よ!! 作らせた甲斐があるわ!! ねぇクラリス!エレン!」

「はい!! お母様、本当にいい仕事してますわ!! 銀髪ではないのがいささか残念ですが、それ以外は文句無しに白銀の騎士様ですわね!!」

「はい、お義母様、物語から出てきたようですわ!! 私、三十歳を超えましたのに、少女に戻ったような気持ちになりますわ!!」

「……………」

 王妃である母メラルと姉クラリス、王太子妃エレンの鼻息荒い会話に、嫌そうなヴィルヘルム。そんな弟を見て、王太子であるウェルナーは苦笑しながら軽く肩を叩く。

「諦めた方がいいよ、ヴィル。かく言う私も、ヴィルには白の軍服が似合うだろう と思っていたから。生地選びは参加させてもらった。女性達のように〝恋〟ではないけど、騎士として過ごした私には、伝説となっている白銀の騎士は憧れだからね。騎士になっている者、今から騎士になる者、全ての憧れなんだよ、ヴィルは」

 少し恥ずかしそうに話すウェルナーに面食らう。

「兄上まで、そうだとは知りませんでした」

「あはははは、実際は憧れだけで、白銀の騎士の噂が何処まで本当か。立場上、皆ほどは信じていなかったよ。でもヴィルを見て、実際に剣を交え、伝説の噂通りにボルタージュ騎士団長も打ち負かす腕は素晴らしい。ヴィルの圧巻の強さは惚れ惚れする。王太子や兄ではなく、一騎士として尊敬しているんだよ」

「ありがとうございます。そう言って頂いて嬉しいです。強くなった経緯はかなり邪道ですけどね」

「騎士としての強さは尊敬するけど、それは別だね。ヴィルだから美しい話になるけど。冷静に考えてみて、ただの人だったり、醜男だったら、怪奇話にしかならないからね。それに関しては、素敵だとは思わない。むしろ恐い」

「同じ事、ラメールにも言われました。確かに恐いですね……自分でも何故これほど愛しているか分からない。耐えていた時間が長かったからですかね……。エル様が生まれ変わっていて、出来れば孫がいるようなお年の方だったら、純粋に抱きしめて〝愛してる〟と言えそうです」

「そうか………会えるといいな、でないとまた来世も引きずっていそうだからな、ヴィルは」

「そうですね。会って気持ちを伝えたいです」

「ヴィルは彼女が見つかっても一緒にならないつもりだろうけど。私は、あの物語のようになって欲しいと思っている。お前は今それが出来る立場なんだ、皆に祝福されて結婚し、子供をつくって、笑い合って過ごして欲しい。
 というか、そうなってもらわないとヴィルをめぐって女達の戦いが終わらない」

「収拾がつかなくなったら、また宦官にでもなりますよ。今更、エル様以外の女性と身体の関係は持ちたくないので」

「………その極端な考え方をやめないか。宦官になるのは絶対に阻止するからな」

 ウェルナーの言葉にヴィルヘルムは返事を返さなかった。


 舞踏会で迎える側の立場にあるヴィルヘルムは、踊る気はなくても、立場上相手をしなくてはならない。自国貴族の令嬢達は無視をしても構わないが、隣国の王族となるとそうは言ってられない。

 ボルタージュ国が一番の大国で歴史も長い。それに続くのがスチラ国。例の国バスメール。サンダール国。ホルメン国。と続く。
 スチラ国以外は全て、ヴィルヘルムに年齢が合う王女がいる為、虎視眈々と妻の座をめぐり三国は火花を散らしていた。

 この三国で一番美しく最有力候補(勝手に言っている)であるのが、ホルメン国のリリン王女だった。国中で天使と言われており、崇めたてられている。
 やわらかな色合いの金色の髪に、サファイアの瞳、優しい声色は天使そのもの。性格も大人しく謙虚…に見える。世の男性が飛びつくような女性だった。

 最有力候補と押し上げられているのが、前世でヴィルヘルムと愛し合った記憶があると話していたからだ。

 可愛らしい声で、ヴィルヘルムとの思い出を語る。男性だけでなく女性からもうっとりとした溜め息が出るのだ。

 周りがどれほど素敵だと、押し上げてきても、ヴィルヘルムにとっては茶番。リリン王女が話すたび、苛立ちしか起こらなかった。



「ヴィルヘルム様……私を一番に誘っていただき、嬉しく思います。生まれ変わり、貴方ともう一度巡り会えたのは運命ですわ」

 リリン王女とダンスを踊っていたヴィルヘルムは嫌そうな顔を隠す事もしなかった。

「失礼ですが、それはリリン王女の勘違いです。私はもう違う恋がしたい。昔の記憶はありますが、それはそれであり、今の私とは関係ございません」

 はっきりそう断りを入れ、何度か踊った後リリン王女と離れた。



「お疲れ様です。ヴィルヘルム様、…顔……恐いですよ……何かあったんですか?」

「気持ち悪くて吐きそうだ」

「………ちょっと、外に出ますか?」

 ラメールはヴィルヘルムと共に庭園に出て、奥まった生垣まで歩く。途中で警備にあたっていたヴィルヘルムの騎士時代の同僚コンラート・ハイムに会い、彼も一緒に舞踏会の会場から離れる。

「ヴィルヘルム……大丈夫か??」ヴィルヘルムの顔色が悪いのを見てコンラートはついて来たのだ。

「あぁ、………大丈夫だ」

 投げやりにコンラートに返事を返し、庭園のベンチに腰掛ける。
 ぐったりしているヴィルヘルムを心配そうに、ラメールとコンラートは眺める。心配ではあるが、見ているとどうしても「綺麗だな……」という感想は抱いてしまう。


「ヴィルヘルム様、何があったんですか?? さっきまで天使と名高いリリン王女と踊っていましたよね??」

「あの女、……あれ以上側にいたら絞め殺してしまいそうだった」

「…………それは離れて正解ですね、ヴィルヘルム様ならやりかねないので………」
 ラメールは呆れながら、一応の返事を返す。

「ヴィルヘルムにしては珍しいな、女には興味がないのかと思っていたが〝嫌い〟という感情はもてるんだな。新たな一面だ。うん。でもあの女とは離れて正解だ、あれは天使じゃなく悪魔だからな」

「へぇ。以外ですね。コンラートは、あぁいうタイプの女性がお好きなんだと思ってましたが??」

「はっ、まさか。俺は天然可愛いい系が好きなの。作られた天然ほど腹が立つものはないね。なっ!! ヴィルヘルム」

「自分がエル様だったように……デタラメな話を、さもあったかのように話すのも気に入らないが……あの女…ダンス中、何度も股間を触ってきた……殴らなかった自分を褒めてやりたい」

「………チャレンジャーなお姫様だな……」

「ほらっ。ヴィルヘルム様、美人は性格が悪いものですよ」

 コンラートとラメールの言葉を聞きながら、ヴィルヘルムは「エル様に癒されたい」と、いないエルティーナを思いその美しい瞳を閉じた。




 建国記念日の式典が終わり、舞踏会も無事終了した数日後。

「ヴィルヘルム様、今日は休みですよね?」

「あぁ、騎士演習場に行くつもりだが……なんだ?」

「………何故、建国記念日の祭りがあちこちで開催しているのに、演習場に行くのですか……遊ぶのも仕事ですよ。という事で、王都におりませんか?? 実はミダの店を予約しました。貴方へのプレゼントです。今は妻も身重ですし、俺に久しぶりに付き合ってください」

「……ミダ…か……」

「えぇ、ミダです。勿論コーディンの間をとりました……。ヴィルヘルム様にとって、ミダは特別な場所の一つですよね。外観も内装も三百年前から変わらないと聞きましたので……是非、癒されて下さい。思い出に浸るのもいいと思いますよ。たまには………」

「……ちょうど癒されてたかったんだ……ラメールは気がきく……ありがとう」

 ヴィルヘルムの甘さの入る優しい笑顔に、ラメールは魅入る……。
「久しぶりに俺も、たっぷりヴィルヘルム様を見て癒されよう。これも護衛騎士の特権だな」
 そう思いながら、嬉しそうなヴィルヘルムを見つめた。


 しかし。

「ヴィルヘルム様……そこまで変装が必要ですか? 最早誰か分からないですが……」

「いつもの状態で、この人集りを歩けと? 冗談じゃない、却下だ」

「……いいですけど」

 ヴィルヘルムの今の姿からは『黄金の王子』の影も形もない。
 黄金の髪を隠すため、黒い髪色の鬘をかぶる。その黒髪は顔を半分以上隠していて印象がかなり暗く見える。それにプラス、顔全体を樹脂で作った特殊なマスクで覆っているのだ。かなり陰湿に見える。
 ヴィルヘルムの鍛え上げられた肉体美は隠せない為そのまま。それがかえって恐さに繋がり、誰も目線を合わしてこようとしない。
 ヴィルヘルムにとっては、なかなか快適な状態だった。


「その見た目、食事が不味くなります。せっかくヴィルヘルム様を見ながら食事できるのに……残念です」

「私を肴にするな」

「いいですよ…別に…ケチですね」

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