御曹司さまの言いなりなんてっ!

 肌の上を生地がするりと滑って、ついにブラウスが床に落とされてしまった。

 彼のノドがコクリと鳴って、私は恥ずかしくて彼の顔がどうしても見られない。

 空調はちゃんと機能しているのに、私の内部はこんなに熱くて燃えそうなほど。


 ああ、これから彼と踏み込んでしまう。

 もう二度と引き返せない、秘めやかな時間と世界に。

 
「嫌なら嫌だと言ってくれ。今がギリギリだ。これ以上進んだら、もう途中で止められない」


 部長が優しく私の頬を撫でながら、そうささやいてくれた。

 火照った頬を撫でられた。たったそれだけの行為で、私はクラリと眩暈がしてしまう。

 これ以上進んだらどうなってしまうだろう。

 怖い。でも、例えどうなったとしても私の望みは……。


「…………」

 私は自分の背中に両手を回してホックを外し、自ら下着を床に落とす。

 剥き出しの胸に感じる夜の空気と、彼の視線。


 私は自分で答えを出した。あなたとふたりで望みを叶え合うことを。



 私の無言の声を聞いた部長は、横にあるテーブルに手を伸ばしてそこから林檎をひとつ取った。

 そしてガリッと齧りつく。


「アダムはイヴのせいで林檎を食べたことになっているけれど、それは間違いだと俺は思う」


 齧りかけの赤い実を握りしめ、彼は断言する。


「アダムは全て承知のうえで自分で望んだんだ。楽園の世界で永遠を過ごすよりも、イヴとふたりで生き延びることを」
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