御曹司さまの言いなりなんてっ!

 やがて……。

 感極まった彼の体が、糸が切れたように私の上に覆い被さった。

 大きく上下する背中が汗で濡れている様子が、暗さに慣れた目にはっきり見える。


「ごめん。優しくできなくて。余裕が無かった」


 切れ切れな息で詫びる彼の頬に、私は軽くキスをする。

 すぐさまお返しのキスが頬に、額に、目蓋に、優しく降ってきた。

 彼の唇の柔らかさを感じながら目を閉じると、ふたりの出会いが脳裏に甦ってくる。


 忘れてしまっていたはずの、夏の日の彼の顔が鮮明に思い出された。

 そうだ。強烈な陽射しを背にして、彼は私の前に現れたんだ。

 あれから時を経て、私達は確かにこうして巡り合った。

 言葉もなくお互いを見つめ合いながら、秘めやかな熱の名残りの濃い部屋の中で荒い呼吸を整えている。


 彼の乱れた黒髪に指を絡ませ、汗の浮かんだ額を撫でる。

 どうしようもない幸福な気怠さを感じて、再び目を閉じた。

 いつの間にか花火の音は聞こえなくなっていた。

 祭りの刻は、もう終わり。でも隣に横たわる彼が私の手を優しく握ってくれる。

 その指の感触が、温もりが、どこまでも愛しくてたまらない。

 穏やかで大切な、限りなく幸せな世界がここにあることを実感できる。


 もう何も恐れる物の無い私は、心地良い睡魔の訪れを感じた。


「おやすみ、成実。愛してる」


 私も……。

 答えは夢の中だった。

 それでも彼は、聞いたはず。

 そして今、私の寝顔を見ながら嬉しそうに微笑んでいる……。


 私は満ち足りながら、彼の隣で静かな眠りに落ちた。




 
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