御曹司さまの言いなりなんてっ!
着々と目減りしていく通帳の残高に、言いようのない恐怖感を覚える。
せめて食費を抑えるために、もうずっと安売りのそうめんと特売卵ばかりの食生活を続けていた。
こんな大企業に私が実力で入社できるはずもないし、これは当分、そうめんとゆで卵の日々は続くだろう。
いかに採用されるかじゃなく、いかに麺つゆを工夫するかを真剣に考えている自分に気がついて、ゲンナリした。
食生活の乱れって、お肌のトラブルだけじゃなく意思の軟弱化も招くのね。
おのれ、憎っくき社長。それもこれも全部あんたのせいよ。呪われろ。
心の中で悶々と呪詛を唱えていると、前方の扉が開いて、ひとりの若い男性が颯爽と入室してきた。
その人は居並ぶ受験者たちのド真ん前に堂々と立ち、無言で会場内ひとりひとりの顔を、ゆっくり端から眺めている。
ひと目でオーダーメイドだと分かる、体のラインに綺麗にフィットした明るい紺色のスーツがパッと目を引いた。
遠目からでも生地の高級感が伝わってくるし、見るからに品質の良さそうな革靴は、まるで今日おろしたてみたいな光沢を放っている。
不自然に手を加えた様子のない、サラサラとした自然な黒髪。
華やかで清潔感を感じさせる整った目鼻立ちは、左右対称の美を誇っていた。
それでも作り物のような印象を受けないのは、ひとえにその目に宿る、確固とした強い意思の輝きのせいだろう。
「一之瀬部長、ちょうどお迎えにあがるところでした」
試験官の社員がその若い男性に向かって言った言葉に、私は驚いた。