思いは記念日にのせて
「はあ……」

 もう一度自動ドアの向こうに視線を移し、受付の人と視線が合わないようエントランスホールを見た。
 今日の面接でダメならもう二度とここに来ることはない。
 ようやく一次試験通った貴重な会社だったのにな。また一から探してエントリーシート書いて……ああ、頭がおかしくなりそうだ。
 もうすでに一緒に面接を受けたメンバーは帰ってしまっているだろう。
 朝天気予報を見たのに、準備に手間取って傘を忘れてきてしまったわたしのミスだ。
 すでに五時近い。迎えに来てくれる人もいない。このままどのくらい待てばやむのかなんて保証もない。
 諦めてバッグを頭の上に載せて走る覚悟を決めた時。

「傘ないの?」

 こっちへ向かってきたスーツ姿の長身の男の人が傘を閉じ、わたしにそう聞いてくれた。
 真っ黒のサラサラヘアに少しだけ釣った切れ長の瞼が印象的。
 わたしの数少ないボキャブラリーではそのくらいしか表現できないけど、すごい色気のある大人の男性。
 たぶん一瞬にしてわたしの顔は赤くなっちゃってると思う。心臓も痛いくらいどきっと反応したのがわかったから。
 それでなくても赤ら顔なのに恥ずかしくて俯いてしまってから後悔した。
 この会社に入ろうとしているってことは社員の可能性が高いのに、こんな態度取ってしまって。
 だけど今更どうにもならなくて、小さくうなずくと頭の上のほうからくすっと笑う声がした。
 それに驚いて顔をあげそうになった時、視界に茶色い傘の柄が入ってくる。

「これ、使って」

 にっこりと微笑んだその人の目尻がきゅっと下がり、薄い唇が三日月の形になった。
 その笑顔にまた胸が高鳴るのを感じる。

「えっ、でも」
「いいから。この雨やまないよ。風邪ひいたら困るでしょ?」
「ですがっ」
「おーい! シモダ、行くぞ」
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