強引上司の恋の手ほどき
「あの……私は経理課の菅原です。で……この経費ですか?」

思わず見とれてしまっていた私は、それに気づかれないように本題に移った。

 書類は異動に伴う転居の経費だ。引っ越し費用などは会社が負担することになっている。

 ざっと目を通したところ、印鑑も揃っているし間違えているところはないようだ。

「これで大丈夫ですね。また不備があればこちらから連絡するようにします」

「助かります。ありがとう」

「でも、営業課だったら事務の社員に頼めばやってくれるでしょう?」

各営業担当にはそれぞれ営業事務の女性社員がサポートに付いているはずだ。大体の書類の関係はその女子社員がやることが多い。

「他の人の仕事で忙しそうだったからね。それに経理課もどんなところなのか、見ておきたかったしね。っていうのは建前で、まだ異動してきたばっかりで馴染めてないんだ」

 肩をすくめて柔らかく笑った顔が、印象的だった。

あ、面倒なこと自分から進んでやるなんて、いい人なんだ。

営業課の社員は忙しくこういったことに時間をかけるのを嫌がる人もいる。

「早く馴染めるといいですね。この書類は預かっておきます」

「不備があれば、君から連絡がくるの?」

「えーっと、営業一課の担当は私ではないので、別のものが連絡しますが……」

「そっか。いや、なんでもない。ではよろしく」

「はい、わかりました」

なんとなく中村くんが扉から出て行くのを見送っていると、背後から声がかかった。

「ふーん。あれが噂の大阪から来たイケメンね」
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