ウソ夫婦

「なんにもないな」
颯太が冷蔵庫を覗き、困ったような声を出した。

「買いに行こうか」
翠は着替えようと立ち上がったが、「お前はまだ休んでろ」と制された。

「何がいい?」
颯太がポケットに財布を突っ込み、玄関先で尋ねる。

「じゃあ、プリン」
翠は言った。

「お子様みたいだな」
「いいじゃない。好きだもの」
「鍵をかけて、誰が来ても出るな」
「うん」
「すぐ戻る」
「うん」

なんだかもう一度抱きしめて欲しい気持ちになったが、翠はぐっとこらえて手を振った。颯太も少しためらったが、手を上げる。それから照れたように顔を背けた。

扉が閉まると、しんとした室内に一人。

「不思議、ここに一人きりなんて。こんなこと、初めてかも」
翠はそういいながら、リビングに戻った。

過剰なほどの警護は、二度と間違いを犯さないため。ジェニファーが『プライベートと仕事をわけて』って言ったのは、こんな理由だったんだ。

納得したけれど、どこか落胆している自分がいる。夢の中の『大切な人』と颯太は、まったく関係ない。そもそも、髪色も、瞳の色も、全部違うのに、つながりがあるなんてこと、あるわけないのに。

それに、颯太には『大切な人』がいる。

翠はふうと一息ついた。

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