ウソ夫婦

覚えてない。
わたしは、何も覚えてない。

翠は混乱して、リビングでよろめいた。膝をつき、テーブルに寄りかかる。

人を欺いた?
人を陥れた?

人を……殺した?

翠は頭をかきむしった。

颯太は私を守っていたんじゃない。

ジェニファーの言葉が蘇る。
『犯人を見つけ、逮捕する。それが私たちの仕事よ。あなたは違うの?』

颯太は、私を、容疑者を、見張っていたんだ。

翠は指輪を勢い良く抜き取ると、壁に投げつけた。バンッと割れるような音がして、鳴り続けていたピッピッピッという小さな音が止まる。

わかんない。
どうしたらいいの?
思い出すのが怖い。
すごく怖い。

わたしが、本当に、あの引き金を引いたのなら……。

胸の中心に、ズンッと振動が響く。汗が流れ始め、うまく息を吸えなくなる。

わたしは撃たれたけど、一人生き残った。
偶然じゃないのかもしれない。
生き残れるように、急所を外し、自分で撃った。

翠は身体を引きずるように、玄関へと向かった。

ここにいてはいけない。
そんな気がした。

颯太には会えない。
もう、二度と、会えない。

翠は泣き出した。

もう会えない。
あの人には、もう会えないんだ。

最後の力を振り絞って、玄関の扉を開ける。
外廊下に這い出すと、頭上から声がした。

「やっと、捕まえた。乃木あすか」

翠はそこで、気を失った。
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