そして奏でる恋の歌~音楽家と騎士のお話~
「シャディア!!!!」
「きゃああ!」

イザークの馬が暴れて他の通行人が騒ぎ始めた。どうやらリンゴをいくつか投げつけられたらしい、手綱を引き周りを警戒しながらイザークはすぐに状況を判断した。シャディアを乗せた馬はどんどん遠ざかっていくのが見える。

「シャディア!!…くそっ!衛兵!」

暴れた馬は一人では扱いにくい。声を張り上げれば騒ぎを聞いて駆け付けた衛兵がすぐに声をかけてきた。

「イザーク様!どうしました!?」
「この馬を頼む!新しい馬を用意してくれ!早く!」

指示を出す間もシャディアがさらわれた方角から決して目を逸らさない。しかし完全に視界から消えてしまった事にイザークは大きく動揺していた。焦りから呼吸が荒くなっていくのが自分でも分かるほどだ。

「連れてきました!」
「すまない!後は頼む!!」

イザークは馬にまたがると急いでシャディアの後を追う為に走らせた。しかし人通りもある中で迂闊に乱暴な走りは出来ない。この街は少し走れば街の外に出てしまう、そうすればもうどの方向に行けばいいのか分かりにくくなってしまうのだ。

「…っくそ!!」

案の定、街の外に出れば蹄の痕はいくつもあってどれがシャディアを攫った馬のものなのか見当が付かなかった。それでも進むしかない、この辺りで高台になるような場所を目指してイザークは馬を走らせた。高い場所からなら何か手がかりがつかめるかもしれない。

イザークの脳裏に馬に引き上げられたシャディアの姿が浮かんだ。顔は隠れて表情は見えなかったが、軽々と持ち上げられたことに動揺して何も抵抗が出来なかっただろう。彼女を攫った馬と並走する馬に乗った人物が麻袋のようなものを持っていたのも見た。

おそらく包まれて外聞からは荷物の様に見せかけて彼女を運ぶに違いないという予想を立てて手綱を握る手に力が籠る。

「イザー…。」

攫われる寸前のシャディアの声が頭に響いて歯を食いしばった。名前を呼びきる間もなく攫われた。目の前に居たのに攫われてしまった。その後悔の念が襲い拳を己の額に当てる。

「…っくそ!!」

そして過去2回の事件も思い出した。偶然でも不運でもない、その可能性は感じていた筈なのに防ぐことが出来なかった。確実にシャディアは狙われていたのに、少なくとも自分はその場面を見たのに。

初めて出会った時のシャディアは執拗に追ってくる男から逃げていた。二度目はイザークの目の前で布をかぶせられ攫われようとしていた。そして三度目は守り切れずに攫われてしまった。

知っていながらみすみすシャディアを奪われたことに腹が立つ。

「…まさか。」

1つの可能性を見出したイザークは手綱を引いて違う方向へと馬を走らせた。もしかしたら、その思いだけで限界まで走らせる。これ以上にないくらい速度を求めて懸命に突き進んだ。

馬の身体を蹴って速度を高めていく。無理をさせると分かっていてもただただ高速で走り続けた。その先はイザークの主人であるエリアスの元だった。

「イザーク!騒ぎがあったと聞いた!」

砦に戻った瞬間にエリアスがイザークが戻ってくることを察していたのかすぐに駆けつけてきた。横にはトワイもいる。どうやら彼らの馬も外にあることからこれから移動するようだった。

「シャディアどのはどうした?」

息の荒い馬から降りたイザークもまた肩で息をするほどに呼吸を乱している。その様子から只事ではないことは推測できるが詳しい内容までは分からなかった。荒い呼吸を少しでも整えるように息を飲んだイザークは縋る様にエリアスに告げるのだ。

「シャディアどのが、攫われました。」
「なに!?」
「目の前で、馬を走らせた二人組に攫われ…っ追いかけましたが…見失いました。」
「…シャディアどのが…ではやはり偶然ではないという事か。」
「はい。間違いなく彼女は狙われていました。」

報告をするイザークの拳に力が入る音が聞こえる。イザークは必死に感情を抑えて取り乱さないようにしているのだ。

「…お前はそれでこちら側に可能性があると?」
「…っはい。彼女が襲われたのは自分が知る限り3度目です。それもこの2日で。」
「成程な。十分に可能性としては有り得るか。」
「はい。」

やり口が段々と大げさになってきている。もう形振り構っていられないのか、小細工する必要がないのかは分からなかった。今分かることはシャディアが目的を持って攫われたという事だけだった。

「我々が追っている盗賊団、奴らの動きがこの近辺で活発化しているが…その狙いの一つにシャディアどのがある可能性は確かに捨てきれない。奴らは主に芸術品を狙う。」

それはイザークを含むエリアスの騎士団がずっと調査をしている事だった。貴族にも被害者が増えたことから騎士団も動くことになったのだ。貴族と大きく言えばそうだが実際にはエリアスの母親である王妃の宝石も盗まれた。

調査をする内に次はこの地方で動きがあることを突き止めた一行がこの砦にいたのは偶然ではなかったのだ。そんな調査の中でイザークの休暇が許されたのは、休暇という名のもとにイザークの故郷がある地方の調査をする為でもあった。僅かな手掛かりが掴めたがそれ以上は何もないかもしれない、しかし妙な雰囲気を感じたあの街にイザークが留まっていたところシャディアと偶然出会ったのだ。

シャディアはイザークと出会う前にも危ない目にあったといっていた。その時に見つかったのか、それとも目を付けられていたのかは分からない。最初は周りの目を気にしながらシャディアを何とか手に入れようとしていたが、イザークの登場に手段を選ばなくなったのだろうか。

「では…シャディアどのの楽器が狙われたという事でしょうか?」
「シャディアどの自身もな。ドーラを作れるのも演奏するのもリリーの一族だけだと広く知られている。」
「過去の事件と同一犯でしょうか。」
「さあな…それは分からん。」

決して涙を流すまいと気を張りながらエリアスに挑んだシャディアの姿が思い出され、イザークの胸が強く痛んだ。彼女は攫われた。常に身体に布で巻き付けていたドーラと共に攫われた。

それはつまり連中にとって欲しいものがすべて手に入ったことを意味している。

「…シャディア。」

囁くような叫び声がイザークから零れた。不甲斐ない、情けない、そんな自分を責める言葉がいくつあっても足りないくらいだ。負の感情が身体中を支配して頭がおかしくなりそうになる。

「平静を保てるか、イザーク?こちらは既に奴らのアジトを掴んでいる。」
「アジトを!?」
「おそらく仮のアジトだ、奴らの狙いがシャディアどのであれば最早この地に用は無い。あれだけ派手な事をしたんだ、尚更そうだろう。」
「では…っ」
「直に本拠地へと戻るだろうな。その前に奴らをしとめ本拠地を暴く。これを機に全てを叩くぞ。」

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