そして奏でる恋の歌~音楽家と騎士のお話~
失いかけていた希望が可能性のその先に形を成し始めた。その事がイザークを大きく勇気づける。気持ちが膨らんで再び呼吸が乱れそうになるが、エリアスの鋭い視線がそれを抑えつけた。

平静を保て、そう言われているような気がして姿勢を正す。イザークの気持ちが切り替わったのが伝わりエリアスはトワイと目を合わせて頷いた。

「応援も頼んだ。このあと合流する予定だ。」
「イザーク、いけるか?」
「はい、勿論です。」
「お前とシャディアどのの関係は知らないが、自分を見失うなよ。」

大体の予想はつくがな、そう続いたエリアスの軽口にイザークは何の反応も示さなかった。今重要なのはそこじゃない、シャディアを助け出せさえすればそれでいいのだ。

「はい。肝に銘じます。」
「いつも通りのお前でいい。気を入れすぎるな。」
「はい。」
「この先のトゥリンガという街に行く。奴らは運河を使って動いているようだ。」
「運河ですか?」

トゥリンガというのは港町だ。そんな大きな街に仮のアジトを構えているというのは考えにくい、おそらくはその周辺のどこかにあるのだろう。エリアスはそこを既に見つけているというのだ。

「船で出られたら厄介だ。陸にいる間に仕留める。」
「はっ!」

イザークは拳を握りしめ怒りを内に秘めた。頭の中に地図を浮かべてトゥリンガまでの道のりを考える。そこにシャディアが運ばれたというのなら、どれほど怖い思いでこの長い距離を馬上で過ごしたことだろう。

考えるだけで怒りが頭の中を支配しておかしくなりそうだ。無事でいて欲しい、そんな思いで深呼吸を繰り返した。願いを込めて思い浮かべた彼女の髪にはプレゼントしたばかりのリボンが結われている。

“ありがとう、イザークさん”

つい先ほど二人でこの街を歩いた、並んで買い物をして、ほんの少し邪な気持ちを抱いて贈り物をした。彼女の記憶に自分が良い形で残る様にと。店主に流されるような形だったが自分でもそうしたいと思ったから贈ったリボンだ。

そのリボンに思いを届けるように祈った。どうか彼女を守っていて欲しいと、そんなこと叶う訳もないと笑うものはどこにもいない。

「行くぞ!」
「はい!」

エリアスの声に導かれイザークたちは最小限の隊を成して砦を後にした。馬の蹄が大地を抉るようにして跡を残していく。隊の先頭を行くのはエリアスだった。それに次ぐ形でトワイとイザークが続く。

「イザーク!弓を持ってきた、お前の腕の見せ所だ!」
「ああ、任せてくれ。」

トワイが煽る様に笑みを浮かべればイザークは表情を崩さないまま答えた。二人の後ろに控える仲間が弓を装備しているのは見えていたのだ。

「シャディア、今助けに行く!」

風を切る中で走るイザークの声は本人以外の耳には聞こえない。複数の馬が駆ける音が大地を震わせていく、どうか無事でいて欲しいと願い続けてイザークは目的の場所まで走り続けた。


一方、薬を嗅がされて眠っているシャディアは軋む音で意識を少しずつ取り戻していった。

意識が浮上する中で音が比例して耳に響くようになる。最も大きく聞こえるのは風車の軋む音、それに混じって男たちの話声も微かに聞こえてきた。複数の声、話している雰囲気はあまり品を感じられなかった。ガサツな笑い声がまだまどろんでいるシャディアの心を震わせる。

やがて感じる頭痛、頭がぼんやりするような感覚と共に眉を寄せて目を開けると世界が横転していた。目の前に石畳の床がある、積み重ねてある木箱が横を向いている、瞬きを数回繰り返せば自分が倒れていることに気が付いた。

「…うっ。」

不思議に思い無意識に身体を動かせば全身から痛みを感じて小さくうめき声が漏れる。頭痛のせいで判断が鈍りどこが痛いのかよく分からない、しかし特に強い痛みを感じる頭と腹部が自分の身の異変を訴えていた。

視線を動かせば見えてきた自分の両手首には鎖の手錠がかけられており、足こそ自由だが手首に感じる鉛の重さに表情が歪んだ。

一体ここはどこなのだろう、まだまともに活動をしていない頭を働かせながら視覚から情報を仕入れようと周囲を見渡す。石造りの建物のようだ、天井が高く、聞き覚えがあった事からここが風車の建物の中だという事はすぐに気が付いた。

「…風車?」

結論付けてすぐに疑問が思考を鮮明なものにした。どうして自分が風車の中にいるのだろうかと。不思議に思いさらなる情報を求めようと上半身を起こした時だった。

「お目覚めかい?」

背後からかかった予想外の声にシャディアの身体は素直に反応してその全身を跳ねさせる。そう言えば男たちの声がしていた場所だったと今更ながら状況を少し把握して何の考えもなしに身体を動かしたことに後悔をした。

恐怖にも負けない好奇心かそれとも反射的なのか、シャディアはゆっくりと声のした方を振り向き主の姿を視界に入れた。

「ビックリさせたかな?」

まだ上体を起こしただけのシャディアを見下ろす形で男は少し離れたところに立っていた。口調こそ柔らかいものだったが、雰囲気はそうではない。両手を腰に当てて見下ろす姿は随分と楽しげなように見えた。その目も態度も穏やかなものではない。

薄暗い部屋の中、よく表情が見えないシャディアは目を細めた。そんな様子を察した男は気怠そうにため息を吐けば数歩進んで光が当たる場所まで歩いていく。靴音がまるで更なる恐怖を作り上げていくようだ。

「…っあの時の?」

男の顔を見てシャディアは思わず口に出した。それはイザークに出会う少し前、シャディアの演奏を聞いて急に声を荒げ掴みかかろうとしてきたあの時のお客だったのだ。

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