ある日突然……
「貴様、そこで何をしてるんだ!」
邸の外に逃げる為に塀つたいに植えられた柿木によじ登る私の袴の裾を掴んだ腕を何とか払い退けようとする。
「そんななりで、ここの使用人か?」
「ちょっと、その手を離して!危ないでしょ。」
ぐぃッと引っ張られ足が滑る。
「きゃぁ~ッ!」
地面に叩きつけられると思っていたのに、痛くない。
恐る恐る目を開けると、目の前に澄んだ瞳の整った顔。
痛くなかった理由は……。
「きゃぁ~!ちょっと、何するの!離しなさい!」
見も知らない男の腕の中。ジタバタと大暴れ
する。
「離してもいいが、落ちるぞ。」
背中と膝裏から腕の感触が離れる!
「わぁ、ちょっと…。おろして…下ろしてください。」
慌てて言い直すと、男は少し口の端を上げると黙って床に下ろしてくれた。
「ところで、貴様は何者だ?あんな所をよじ登って夜盗の類いか……の割にはノロマと言うか……」
呑気に私の詮索をしている男は、身なりの整った……着ている狩衣もとても上等で……
下級の官吏には見えない。
助けを求めても良いのかどうか……
「どこにおいでか?」
少し小声でガタガタと壁代を動かす音!
やだ!こんな所まで追いかけ来たの?
どうしよう!もう、迷ってなんかいられない
。
「助けて……」
「はぁ?」
怪訝そうに眉根をよせる男。このまま屋敷にいたら私は見も知らない訳の分からない男の
妻にさせられる。
屋敷の使用人は信用出来ない……父上や母上に
助けを求める前に手込めにされちゃう!
吉良も暁も何処に消えたのか助けに来てくれない。肝心な時に役に立たない!
涙が溢れそうになるのを必死に堪えて、もう一度頼む。
「お願い!このままここにいたら、見も知らない男に貞操を奪われちゃう!まだ、恋もした事ないのに!」
ガタガタと揺れる牛舎の中で私は溢れる涙を絹の布で拭う。
あんまりな展開に、誰に怒りをぶつければいいのかを考えるよりもショックで何にも考えられない。
「おい。」
そう言って目の前に差し出された器の中には、大好きな草餅が……
いつもなら十個でも食べれちゃうのに、食べる気力がない。
黙って首を震ると、男が「はぁ~ッ」と大きな溜め息を吐いた。
「もう間もなく兵部の卿の宮様のお屋敷です。」
外から御者が遠慮がちに話しかけてきた。
「兵部の卿の宮家に縁のものか?名は何と言う?」
「……。」
押し黙ったままでいると、また一つ溜め息を吐いた。
「名を言わねば、屋敷の者に取り次げぬ。」
あぁ……、そうよね。
「鈴音…。」
今は亡きお祖母様の名前。
「鈴音だな。篁、屋敷の者にそう伝えよ。」
「はっ!」
キビキビした物言いに、ただの御者じょないと感じた。少し落ち着いてきたせいか、自分を助けてくれた男が何者なのか……好奇心がムクムクと頭をもたげてきた。
あの時の詰問する態度といい、今の命令しなれた口振りからすると、衛門府の官吏かしら
?
涙を拭くために渡された絹布で顔を隠しながら、観察する。
とても整った顔だわ。キリッとした目元に涼しげな口元。意志の強そうな眉に、キレイな肌。品のある風情から想像すると、決して低い身分の者ではないわね。
「着いたぞ。」
私がアレコレ想像を巡らしている間に車が屋敷の門をくぐり、階に寄せられていた。
「あ……あの…。」
いざお礼を言おうとすると、助けてもらう時に口走った台詞が頭の中に甦って急に恥ずかしくなる。
「?なんだ?」
ぶっきらぼうな口調。やっぱり呆れられてるのかな?
恥ずかしいけど、お礼は言わなくちゃ。
「あの、助けて下さって有り難うございました。」
頬が
邸の外に逃げる為に塀つたいに植えられた柿木によじ登る私の袴の裾を掴んだ腕を何とか払い退けようとする。
「そんななりで、ここの使用人か?」
「ちょっと、その手を離して!危ないでしょ。」
ぐぃッと引っ張られ足が滑る。
「きゃぁ~ッ!」
地面に叩きつけられると思っていたのに、痛くない。
恐る恐る目を開けると、目の前に澄んだ瞳の整った顔。
痛くなかった理由は……。
「きゃぁ~!ちょっと、何するの!離しなさい!」
見も知らない男の腕の中。ジタバタと大暴れ
する。
「離してもいいが、落ちるぞ。」
背中と膝裏から腕の感触が離れる!
「わぁ、ちょっと…。おろして…下ろしてください。」
慌てて言い直すと、男は少し口の端を上げると黙って床に下ろしてくれた。
「ところで、貴様は何者だ?あんな所をよじ登って夜盗の類いか……の割にはノロマと言うか……」
呑気に私の詮索をしている男は、身なりの整った……着ている狩衣もとても上等で……
下級の官吏には見えない。
助けを求めても良いのかどうか……
「どこにおいでか?」
少し小声でガタガタと壁代を動かす音!
やだ!こんな所まで追いかけ来たの?
どうしよう!もう、迷ってなんかいられない
。
「助けて……」
「はぁ?」
怪訝そうに眉根をよせる男。このまま屋敷にいたら私は見も知らない訳の分からない男の
妻にさせられる。
屋敷の使用人は信用出来ない……父上や母上に
助けを求める前に手込めにされちゃう!
吉良も暁も何処に消えたのか助けに来てくれない。肝心な時に役に立たない!
涙が溢れそうになるのを必死に堪えて、もう一度頼む。
「お願い!このままここにいたら、見も知らない男に貞操を奪われちゃう!まだ、恋もした事ないのに!」
ガタガタと揺れる牛舎の中で私は溢れる涙を絹の布で拭う。
あんまりな展開に、誰に怒りをぶつければいいのかを考えるよりもショックで何にも考えられない。
「おい。」
そう言って目の前に差し出された器の中には、大好きな草餅が……
いつもなら十個でも食べれちゃうのに、食べる気力がない。
黙って首を震ると、男が「はぁ~ッ」と大きな溜め息を吐いた。
「もう間もなく兵部の卿の宮様のお屋敷です。」
外から御者が遠慮がちに話しかけてきた。
「兵部の卿の宮家に縁のものか?名は何と言う?」
「……。」
押し黙ったままでいると、また一つ溜め息を吐いた。
「名を言わねば、屋敷の者に取り次げぬ。」
あぁ……、そうよね。
「鈴音…。」
今は亡きお祖母様の名前。
「鈴音だな。篁、屋敷の者にそう伝えよ。」
「はっ!」
キビキビした物言いに、ただの御者じょないと感じた。少し落ち着いてきたせいか、自分を助けてくれた男が何者なのか……好奇心がムクムクと頭をもたげてきた。
あの時の詰問する態度といい、今の命令しなれた口振りからすると、衛門府の官吏かしら
?
涙を拭くために渡された絹布で顔を隠しながら、観察する。
とても整った顔だわ。キリッとした目元に涼しげな口元。意志の強そうな眉に、キレイな肌。品のある風情から想像すると、決して低い身分の者ではないわね。
「着いたぞ。」
私がアレコレ想像を巡らしている間に車が屋敷の門をくぐり、階に寄せられていた。
「あ……あの…。」
いざお礼を言おうとすると、助けてもらう時に口走った台詞が頭の中に甦って急に恥ずかしくなる。
「?なんだ?」
ぶっきらぼうな口調。やっぱり呆れられてるのかな?
恥ずかしいけど、お礼は言わなくちゃ。
「あの、助けて下さって有り難うございました。」
頬が
