赦せないあいつと大人の恋をして
確率

 仕事が終わって「お疲れさま」の声を掛け合ってコートをはおって会社を出る。いつものように地下鉄の駅に向かう。その途中で不意に立ち止まった。
 この辺で目眩がして私は、あの日倒れた。たまたま、そこを通り掛かったあいつが助けてくれた。そんな事が毎日のように起こるはずが無い。
 でも、少しだけ待ってみようか。十分だけ……。

 十二月の夜。まだ時間は六時を過ぎたばかりだけれど、風邪の病み上がりの身には、やっぱり応える。十分もしたら体の芯まで冷え切ってしまったようだ。
 きょうは、もう帰ろう。こんな所で待って居たって会えるかどうかも分からない。

 その翌日も、そのまた翌日も、十分だけ私は、あいつが通り掛るのを待った。私を見付けてくれるのを待って居た。でも一週間続けて、諦めた。

 ここでまた出会う確率って、どれくらいだろうか? 何千分の一? 何万分の一?
 あいつと出会う確率よりも私が風邪をぶり返す確立の方が高いのだろう。

 もう止めよう。風邪の医療費の実費なんて別に何十万も掛かる訳ではない。

 慰謝料だって請求しようと思えば出来る立場なのだから……。私があいつを告訴したら間違いなく、あいつは犯罪者。訴えられた時点で、あいつは社会的信用を失くしてしまうだろう。仕事は父親の会社だから首になる事は無いかもしれないけれど。

 そうしないだけでも感謝して貰いたいくらいだ。私から探す必要などない。そう自分に言い聞かせた。



 その日、マンションに帰ると高校時代の友人から個展の招待状が届いていた。
 彼女は美大に進みガラス工芸作家を目指していた。大学時代には長野の工房でアルバイトをしながら勉強していた。
  一度、夏休みに友達と遊びがてら見に行った事がある。夏の暑さよりも数段暑い工房で懸命に作品を作っている彼女を見て、私には、とても真似出来ないと彼女の志を尊敬した。
 その彼女が個展を開けるまでになったのは友人として嬉しかった。

 今週末の金曜から日曜日の三日間。土曜日に見に行こう。彼女に会うのも久しぶりだったし楽しみだった。



 そして土曜日。最寄の駅からの地図を頼りに会場に着いた。

 素敵な作品がたくさん並んでいて見ているだけで癒されるようだった。彼女は外出していて会えなかったけれど、心が洗われるような時間を過ごせた。

 会場を出て駅に向かう途中に見覚えのある建物を見付けた。お見合いの後、連れて行かれた建築中だったマンションが、すっかり完成していた。
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