赦せないあいつと大人の恋をして
鏡の中の綾
 カフェオレのカップで、まだ冷たい指先を温める。
「あったかい」
 思わず笑顔が零れる。

 龍哉さんの私を見ている視線はもっと温かかった。こんな穏やかな気持ちで向かい合えるなんて、あの頃は想像も出来なかった。龍哉さんはコーヒーカップをソーサーにそっと置いて

「今週は仕事が立て込んでるから迎えには行けないと思うけど」

「うん。大丈夫だから。心配してくれなくても一人で帰れるわ」

「その代わり日曜は、どんな事をしても休みを貰うから楽しみにしてて」

「無理しないでね。私、特別な事をして欲しいなんて思ってないから」

「駄目だよ。俺にとっては最高に特別な日なんだから」

 一緒に居られるだけで充分に幸せなのに……。
 特別なイベントなんて考えてくれなくても良いのに……。

 私には、これから龍哉と過ごす一日一日が特別でとても大切だった。

「あったまった?」

「うん」
 心も体もぽかぽか。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」

 車でマンションまで送って貰う。

「ありがとう」

「じゃあ、来週。時間とかはメール入れるから」

「うん。気を付けてね」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさい」

「あっ、忘れ物」

「えっ? なに?」

 龍哉さんは私の頬にそっとキスした。

「もう……。マンションの誰かに見られるのに……」

「俺は見られても全然構わないけど」

「私が構うの」

 龍哉さんは笑いながら帰って行った。


 マンションの部屋に入って、暖房のスイッチを入れる。コートを脱いでハンガーに掛けた。部屋の中は、まだ寒いのに気持ちが高揚しているのか、それほど感じない。

 ドレッサーの前に座って、鏡に映った自分自身に聞いてみる。
 龍哉さんが好き?
 鏡の中の綾は幸せそうな笑顔で『愛してる』と答えた。
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