赦せないあいつと大人の恋をして
龍哉の本心
 やっぱり俺には綾に触れる資格はない。いくら過去の出来事だからって言ってもだ。

 綾のような純粋な気持ちを持った女性は今時少ないのだろう。選りに選って俺である必要など微塵もない。これ以上付き合っても綾を余計に傷つけるだけだと思う。まだ今なら引き返せる。

 綾には綾に相応しい男がいくらでもいるだろう。俺なんかの傍に居させてはいけない。それが綾のためなんだと思い始めていた。

 さっきから言葉が少なくなっているのが何よりの証拠だと思う。綾は、きっと迷っている。俺みたいな男を選んだ事を後悔し始めているのかもしれない。だったら、もうこれ以上、綾を悲しませないためにも……。

 きょうは綾の誕生日。二十八歳になった記念すべき日だ。

 あれから……。もう五年の歳月が経つ。でも俺のした事に時効はないのだろう。今でも綾がその気にさえなれば俺を訴える事すら出来るのだから。何て事をしたんだろう。今更、後悔したって遅過ぎるけれど……。

 綾は俺を愛している訳ではないんだと思う。ただ同情してくれている。早くに母親を亡くして可哀想だと。だから女性に対する接し方も知らない哀れな奴だと思っているのだろう。

 それなら、今の内に綾を手放そう。自由にしてやろう。俺の気持ちが変わらない内に……。彼女をもっと傷つける前に……。

 綾のように心も体も清らかで美しい女に初めて出会った。綾を生涯、独り占め出来る男は、それだけで充分過ぎるほど幸せだろう。

 俺のような男には贅沢過ぎる望みだったと今更ながら思う。いや、初めから望んではいけなかった。

 高嶺の花……。欲しくても遠くから眺めているだけにするべきだった。手に入れる事など考えるべきではなかったんだ。

 美味しいと評判のイタリアンの店でパスタを注文して食べていても、今の俺には味なんか分からない。綾もただ黙って食べている。
 二週間だけでも恋人気分で居られた。それだけで満足だ。
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