妖しく溺れ、愛を乞え
「ここは老夫婦が切り盛りしていたんだが、跡取りが居なかったから俺が継いだんだ。ふたりはもう何年も前に死んだがな」

「へぇ……」
 
 古い家だったけれど、中はとても綺麗にしてあった。純日本風といった感じで、圭樹に似合っている。とても落ち着く。畳の香りが心地良かった。

 圭樹に似合っている、なんて。最初は敵で、人さらい。最低最悪の出会い方だったけれど。いまは彼しか頼る人が居ない。人じゃないけれど。妖怪だけれど。

「心の準備は良いか」

「え、うん」

 そうだね。寛ぐためにここへ来たわけじゃないんだから。深呼吸をした。心の準備は、とっくに出来ている。深雪に会いに行くんだ。なにも怖くなんか、無い。

「寒さ対策もしてきたし。足は一応ブーツ。雪だと思っていたから」

「良い判断だな」

 居間があり、その奥に広い和室が広がっている。平屋で、意外と広い家なんだな。まわりになにも無いから静かに暮らせそう。

「結界を張り、術を使って里への入口を作る。えっちらおっちら山登りするなんて、ダルいからな」

「結界……術?」

「そうだ。怖いか? 止めるならいまのうちだぞ」

 出た。専門用語。分からないからもうお任せするわ!
 それに、そんな風にいじわるを言わないで。怖いけれど、もう決めたんだから。

「ううん。大丈夫です」

 ハッキリと言った。その様子を見て、圭樹が頷く。

「よし。そっちの部屋に居ろ。すぐ始める」

 いよいよ始まる。怖くない。戻らないぞ。圭樹も一緒なんだもの。

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