妖しく溺れ、愛を乞え
 圭樹の運転で、夜の町を走る。そんなに遅い時間ではなかったけれど、渋滞にはまらずに郊外へ出られた。高いビルやマンションがある地域を抜けて、どちらかというと田んぼが多く、海に近い場所を走っていた。

「こっちの方に住んでいるんだね」

「まぁな。山でも海でも、とりあえずは暮らせる」

 どこへでも行けるんだな、彼らは。そして人間に紛れ込み、正体を隠して暮らしている。

「仕事、なにしてるの?」

「蕎麦屋」

「……」

 もうなにも驚かない。圭樹が妖怪で人間界での仕事は蕎麦屋って……いいよ、逆に素敵。似合っている。もう、いちいち驚かないし……。

「なんだ。その顔は」

「ば、な、なんでも」

「妖怪蕎麦屋だ」

「は、はは……美味しそうね」

 冗談だとしても、笑えない。そんな余裕が無い。強ばった表情のまま、流れる景色を見た。

 それからしばらく走ると、1軒の平屋の前に停車した。よく見ると、和風に作られた店舗兼自宅のようだ。
 住宅街というよりは、田んぼの途中にあるような。隣の家は……ああ、あそこの街灯か。こんなところに、蕎麦屋?

 お店の駐車場と思われるところへ車を停め、荷物を持って圭樹の家に入る。

「……お邪魔しまーす」

「ひとりだから、誰も居ないよ」

 圭樹は電気を点けながら言う。そうか、ひとりなんだ。そう聞いて、少し安心した。


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