妖しく溺れ、愛を乞え
 あらためて、自分が落ちた場所を見渡す。

 山の中なのだろうか。一面の雪。木の茶色が所々、それと白しか無い世界。空だと思われる上も白。情報通りなら、ここは日本のどこかの山奥。人間が入れないような場所。上も下も雪で真っ白。獣の足跡すら見付けられないような。

「俺は、もう少し静かな女が良い」

 ひとつに括った長い黒髪に付いた雪を払って、圭樹が歩き出した。

「……あたしも、もう少し優しい男が良い」

 自分の頭から雪が落ちた。もう、雪まみれ。ダウンとカイロを持って来て正解だった。

「深雪丸は、優しいのか」

「う、ん……優しい」

「ハイハイ」

 また馬鹿にしたような態度を取って。圭樹って性格悪い。

「聞いておいてなによー!」

「うるさい」

「うぐ」

 なんなのその有無を言わさない感じ。

「強引! 乱暴! 悪魔!」

「悪魔ではない。妖怪だ」

「……ふん」

 喧嘩をしている場合では無い。


 ザクザクと雪に足を突っ込んで歩く。歩くというか、漕いでいると言うか……とても歩きにくい。雪山用のブーツとかじゃないもの。おしゃれブーツだもの。
 
 圭樹は雪に足を取られないで進んでいるのに。そうだよね。この辺りの生まれなんだものね。雪の妖怪だし。当たり前か。

「ど、どれくらい歩くの?」

「そうだな。雅ちゃんが凍え死ぬ前には着くよ」

 ずいぶん適当じゃない? それって。

 いま、何時なのかも分からない。マンションを出た時は夜だったのに、ここは夜じゃないみたい。だって、暗闇じゃないもの。

 一面真っ白で、自分の足音と、雪が降り積もる音しか無い世界。とても静かで、雪が降り積もる音が聞こえるの。寒さが、なんだか絶望感を倍増させているような気がする。

 さっき開封して貼り付けた、背中のカイロが温かい。でも、温かいのは背中だけで、顔と手足が冷たい。
 歩いていると、たまに動きを止められてしまう。柔らかい雪に足が取られるのだ。

「あ……足が、はまって」

「ちょっと雪深い地帯に落ちてしまったな」

 せめて、雪が止んでくれると良いんだけれどな……。

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