妖しく溺れ、愛を乞え
 ◇




「おい、大丈夫か」

「……」

 買ってきたオレンジジュースのペットボトルを飲んで、ホテルの椅子に座っている。ヒールを脱いで、自分の足をぼーっと見ていた。

 うまく回らない頭で気付いた。そばで誰か喋っている。誰だっけ? ああ、尾島専務……。

「尾島、専務……」

 そう、あたしはいま、ホテルに居て、尾島専務の部屋で……そして。

「尾島 深雪丸(みゆきまる)。普段は深雪と呼べ」

「呼べってなんですか。なんで命令口調なんですか」

 イライラする。頭おかしいのかな、この人。なに丸って。お前は船か。

「いろんなこと言われて、全部納得しろって? あたしにはおかしなことを言っている人にしか見えません。いい加減にしてください。ふざけないで」

「ふざけてなんかいないよ。さっきの景色、見なかったのか」

 見たのにどうして理解しないんだっていう顔をしている。

 そうね、そうやってちょっと鋭い目線を送っただけで、なにもかもを分からせてきたんでしょうよ。今までの女たちをそう

やって。

「見たけど、見たからって……だって、なんか仕掛けがあるんでしょう? 映像を映すとかなんか。信じられるわけ、無いでしょう……」

 ワイシャツ姿で、涼しそうな顔で、頬杖であたしを見ている。なんであなただけそう冷静なの。
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