妖しく溺れ、愛を乞え
「一目惚れだったんだ」
凄く近くに居るのに、凄く遠くで言われているみたいな錯覚。さっきまであんなに寒かったのに、いまは暑いくらい。体がじゃなくて、精神的に。
「好きになるのに、時間と理由が必要か?」
「あ……ある程度は必要だと思います……」
目の前に回された手は、指は、人間のそれなのに。
口から雪を吐くなんて、そんなの普通の人間ではないことぐらい、分かる。見た目は人間のかたちをしているけれど。
「お前にどうしても会いたくて……忍び込んだんだ。会社に」
「そ、そうなの?」
「人間の記憶を書き換えるくらい、わけもない。俺たち人間界で生活している妖怪はね。大丈夫。本店のじいさん専務は元気にしているよ」
もう、理解の範囲をとうに超えている。
おじいちゃん専務、どうしちゃったのか心配だったもの。食われたんじゃないかとか。
「お、俺たちって、他にも居るの?」
「忍び込んで生活している奴らは、居るだろう」
あたしは黙っていた。
どうしてこうなった。ホテルに帰って荷物の整理をしなくちゃならないし、早いところ不動産屋へ行って部屋を探さないといけない。でも毎日出勤して仕事をしなくちゃいけない。
この、あたしにくっ付いているものだけ、非現実的。
「あれだろ、人間界じゃ拾ったものは持ち主が現れなかったら後日自分のものにできるだろ?」
初めて会ったのは、たったの数日前。
そりゃあ、道端でゲロしてたけど。拾ったはないでしょう。