妖しく溺れ、愛を乞え
「拾った? あたしを?」

「そうだ」

「落とし主が分からないだけでしょ……」

「きみを落としたのは誰だ」

「あたしは落とし物じゃない」

 帰る家も場所も無い。恋人に捨てられて、なにも希望が無くて、落ちていたも同然のあたし。

「落とし主が分からないなら、じゃあ拾った俺のものだろうが」

 いつまでくっ付いているのか分からないけれど、あたしを抱く腕に力が入った。

「そ、そんな簡単に、好きになれって言ったって、無理ですし」

「それでも、俺は雅が良い」

 もう、酷い。一方通行脇道無しの気持ちをぶつけられて、避けようにもどこへも行けない。

「どうして、あたしなんですか……」

 部屋のカーテンは開いている。さっき極寒だったのがうそのように静かだ。部屋は10階越えの場所だったから、夜景がとても綺麗に見える。

「出逢って、しまったからな。好きになるのに理由なんか無いよ」

 人間の男として話してはいけないのかもしれない。

 なにを考えているのだろう、この人……この妖怪。強引過ぎる。


「あの、はなして……くれない?」

 いつまで背中にくっ付いているつもりか。ずっとそうされているのもちょっと困る。

「喋り辛いから」

「あ、ごめん」

 あたしから手を離すと、すっと前に回った。あたしが座っている椅子の向かいにベッドがあって、それに腰掛けた。キシッという音が鳴る。

 ひとつついた息は、空間に溶けて行った。


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