妖しく溺れ、愛を乞え
「おい」
その声にハッとした。
「離せ。それは俺のものだ」
来た。深雪……助けに来てくれた。暗くてよく分からないし、どこに居るんだか、後ろかな。やだ早く助けて!
「……来たな、深雪丸」
あたしを抱えていた男の腕が、少しだけ緩んだ。低い声でそう言うと、振り向く。そっちに居るのか。この位置からじゃ見えない。
男の靴がジャリリと地面を鳴らした。
「……あ」
喉が詰まったような感じが解け、声が出るようになっていることに気付く。
「た、たすけて!」
「おお、そう言ってるけどこの女、俺が貰う」
「圭樹、テメェぶち殺すぞ」
なんだか、こんな言葉遣いをする深雪は初めてかもしれない。
「お前だけ黄金血を味わうのか。呪い持ちだけの特権だとでも思っているのか」
「うるさい。黙れ」
お、オウゴンケツ? ノロイモチ? なぜ、ふたりで意味の分からない会話を。それよりも、どうやらふたりは知り合いみたいだ。この男はケイジュ。深雪の、敵? 仲間?
「ちょっと! 離してよー!」
バタバタと背中で暴れてやった。すると太股のあたりにあった腕にギュウと力が入り、締め付けた。痛さを感じる。
「うるさいなぁこの女」
「だったら離せ」
「イヤダネ」
拒否の言葉を発した途端、鳥が羽ばたくような音が聞こえ、まわりの空気が一気に冷えた。深雪が雪を降らせたのだろうか。そう思った時、ケイジュの後ろで逆さまになるあたしのそばに、真っ黒いカラスみたいなものが降り立った。
首を捻って、そちらを見る。
「ひっ……!」
なに、それ。深雪の背中に、真っ黒い羽が生えている。黒い翼。そんなものが……!
「……このやろうが。都合の良い時だけそんなもの出しやがって」
「辞めておけ、圭樹。分かってるとは思うが、力は俺の方が上だ」
「チッ」
ケイジュはきっと、動きを止められているんだ。カクカクと体が震えている。長い髪の毛が、蛇のようにのたくった。