妖しく溺れ、愛を乞え

 ◇

 部屋に入り、バッグを置く。そわそわした気持ちと手持ちぶさたで、リビングをウロウロしてしまう。

 さらわれそうになった。怖かった。まだ震えている。深雪の知り合いなのだろうか、彼は。ケイジュは。

「座りなさい。本当に、どこもなんともないのか? なにかされなかったか」

 座れと言われて、ソファーのはじにお尻を乗せた。

「だい、じょうぶ。なにも……」

 深雪は立ち上がり、あたしのそばに座って、じっと見つめてきた。

「……良かった」

 大きな手が、頭を撫でて行く。結び目がボサボサになった髪の毛。取れたリップ。きっと酷い顔をしているに違いない。

「深雪、さっきの……あれ誰? どういうことなの?」

「ごめん。怖い思いをさせた」

「なんか……分からない。どうなってるの?」

「震えている」

 なにも分からないままで翻弄されていくなんて不安過ぎる。深雪のこと、さっきのケイジュのこと、あたしのこと。

「呪われてるって、どういうこと」

「雅、聞いて」

「だって、さっき……なにがあるの?」

「大丈夫だ」

 大丈夫だと言われても、拭われない不安。よく分からないキーワードばかり頭を巡って、考えがまとまらない。
 深い瞳の色は、まだまだたくさんのなにかを隠している。急にそれが恐ろしくなった。

「ちゃんと、教えて」

 真っ直ぐ深雪を見る。誤魔化さないで欲しい。

「雅……」
「なにを聞いても、驚かないわ。騒がない」

 いまさら。
 あなたと一緒に居ること自体が、不思議で驚きで騒動なんだもの。あたしにとって。いまさら驚いて騒いだりしないわ。

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