妖しく溺れ、愛を乞え
「あなたを、救えると思って……」

 この運命を、救えると思った。愚かな、身の程知らずな考えかもしれないけれど、そう思ったから。

「ありがとう……辛かったか」

 そう言われて、あたしは泣きそうになる。口の中をぐっと噛んで我慢した。
 そんな顔をしないで。辛そうな、悲しそうな顔をして。もっと辛いはずでしょう、あたしよりもっと。

「……雅、泣いてるの?」

「泣いてない」

 小さいオレンジの灯りは、白い肌をぼんやりと浮かび上がらせていた。涙が零れてしまわないように、目を閉じた。ことが終わってから電気を消しやがって。

「少なくとも、あたしの体があれば延命はできるでしょ。無駄じゃないと思うよ」

 いまは、こんな風にしか言えない自分が腹立たしい。もっと優しい言葉をかけたら良いのに。

「そうだな。それは助かる」

 いつでも、好きな時にこの体を使えば良い。好きとか愛してるとか、それは別問題にしたい。お互いの寂しさを埋めるならばそれも良い。それでも、あたしの体は役に立つ。深雪の、蝕まれた体を少しでも回復させることができるなら。

「呪いを解く方法とか薬とか、術とか、どこかに無いの?」

 長く生きていて、それを知らないわけが無いなんて思っている。なんとかしているはずだと。その考えは甘いのかもしれないけれど。

「知ってたら、今ごろこんな風になってないだろう。長生きしていても分からないことは分からない」

「……だろうと思った」

 期待する返事はなくて、でも半分は予想通り。あたしは軽く絶望した。明確な手段が分からないってことだ。末期がんの患者みたい。

「愛が産んだ呪いは……愛をもってしか解けない」

「なに、それ」

 言葉遊びのような文句を口にする深雪は、言い終わってからあたしの隣に体を横たえた。

「子供のころ、聞いた言葉だ」

「……ふうん」

 体にかけた毛布を引っ張る。昼間は暖かいけれど、今夜は少し風が冷たい。

「体、大丈夫なの」

「やり過ぎて起き上がることができない人に言われるとはな」

「……ばか」

 明日目覚めたら、この暗い現実が無くなっていれば良いのに。運動会が嫌で、明日雨が降れば良いのにと願う子供みたいなことを思った。

 隣から静かな寝息が聞こえてくるまで、あたしは眠ることができないでいた。




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