冴えない彼はメガネを外すとキス魔になります!

夏希さんの体は冷えていた。
とにかく車に乗せ、僕はアクセルを踏む。

このまま夏希さんを奪い去りたい。という欲求。
疲れただろうから静かに休ませてあげたい。という理性。
平岡さんとの出来事を知りたい。
僕の中で渦を巻いてる複雑な感情。
つい無口になってしまう。


最初にこの沈黙を破ったのは夏希さんだった。
平岡さんの車に忘れていったスマホを渡した時、平岡さんに逢ったのかという質問だった。


「何か言ってた」って・・・。

僕は平岡さんとの出来事を知りたいと思うと同時に、知ることが怖い。
少し話を逸らしてしまった。



「夏希さん、いくら同期だからって飲んだ後に男の人の車に乗って帰っちゃダメですよ。
何かあったらどうするんですか?」

すると返って来た答えは。



「うん、わかった。
ん?でもさ、これも同じことじゃないの?
飲んだ後に男の人の車に乗っちゃダメって。」

と、いつも僕を構うような目で顔をのぞき込んだ。



「僕は特別です。だって・・・」

あの夜から、僕はもうあなたのことが頭から離れないんだ。
思春期の中学生でもないのに、あなたと過ごした甘い時間が、僕の心を支配する。
そんなこと、恥ずかしくて本人には言えない。


しばらくすると、それぞれのマンションへたどり着くには分かれ道になる交差点まで来ていた。


「夏希さん、どうしますか?」

夏希さんをすぐにでも家に連れて帰りたい僕の気持ちとは裏腹に、選択権を渡すような言葉で尋ねてしまった。



「帰る。」

なんのためらいもなく答えた夏希さんに僕は大きく落胆した。



「・・・はい。」

という言葉しか出てこなかった。



マンションに着き、車から降りる夏希さんを抑えられない気持ちで抱きしめてしまった。
反射的に離れようとする夏希さんを僕は更にきつく抱きしめる。


「お願いだから、じっとしててください。少しだけ・・・」

どうしようもない気持ちが爆発する前に、少しだけ残ってる理性を総動員するために、僕は夏希さんの耳元で囁いていた。


その後のことはあまり覚えていない。
気が付いたら夏希さんをそっと離し、アクセルを踏んでいた。



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