きっかけは誕生日
 もう帰ってくる事が前提になっている。

 30にもなった娘が、誕生日を祝う彼氏も友達もいないという事実を、親に熟知されている。

 想像すらしないの?

 しないよね。毎日定時に仕事が終わると、寄り道もせずに真っ直ぐ帰ってくる娘には、彼氏なんていないわよ。

 居ないけれどね。

「モウダメ」

「何がもうダメよ。いいから、ご飯食べちゃいなさい。遅刻するわよ」

「こんな日は休みたい」

「何を馬鹿な事を言っているの。いいからさっさと降りてきなさい」

「このまま一人なんて嫌。恋人がほしい」

「…………」

 ママが目を丸くしたのが見えた。

 それからいきなり私のクローゼットを開けると、ポイポイと中の服をベッドにぶちまけ始める。

「え。あの……ママ?」

 何が始まった?

「去年の誕生日にあげたスカートはどこにやったの?」

「え。一応、クリーニングにだして、奥に……」

「見つけたわ!」

 取り出したスカートは、チュール素材のロングスカート。

 色は黒と落ち着いた色合いだけど。マキシ丈だし、やたらとヒラヒラするし、誕生日に一度着ただけでしまいこんだ。

「これを着ていきなさい」

「まさかでしょ! 仕事に行くのに、そんな派手な格好していけないから!」

「最近チュールスカートは流行りじゃないの」

 娘よりも流行に敏感なママってなんだろう。

 しぶしぶ出されたスカートを身に付けて、キャミソールに薄手のカーディガンを羽織った。

「髪はもっとルーズに。あら、あんた、頬紅もないのね」

 化粧品をかき回されて、首を傾げる。

「頬紅?」

「チークよチーク。どおりでいつも顔色悪いと思っていたわ」

 それからママは自分の化粧ポーチを持ってきて、なすがままに化粧をし直され、それから強制的に食卓に連れていかれた。
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