待つ二人の気持ち
一章
 教室の掃除を終えると、僕は母に電話をかける。
 「学校終わったよ」
 電話は毎度、短い。これだけでも伝わるのはすでに日課になっているからだと思う。だけど僕はこの短い一言に、言葉にできない感謝の気持ちを同時に乗せる。
 電話の向こうで受話器を置く、音が聞こえる。それを確認してから僕は電話を切る。言葉せず、敬意の気持ちを表す、僕のなりの自己表現。

 季節は冬。普段は自転車通学しているが、僕の住んでいる地域は雪が多く降るので、冬の期間は自転車できない。かといって、徒歩で通うには遠すぎる。だから登下校時は家族の人に車で送ってもらう人が多い。僕もその一人だ。教室に戻り、カバンを手に取ると、さあ、帰ってゲームでもするかという気分になる。だけど、教室を出るころには、もう忘れている。玄関の靴棚に手を伸ばすころには、もうあの子のことしか考えられない。
 
 玄関から出てすぐ、その「あの子」に遭遇した。突然だった。僕の胸が一気に強縮し、痛くなった。
 「おー、今からお帰りですか? 」
 僕は冷静を装おうとする。
 あの子は、うん、と頷き、それから微笑む。相変わらず可愛い。いつもと同じだ。彼女は誰に対してもこの仕草をする。黒いショートヘアにちょっと太めの眉。大きな栗色の瞳に、健康的なピンクの唇。いつもの彼女だ。赤と緑のクリスマスカラーのマフラーが肌の白い彼女の肌になじんでいる。
 実は玄関で遭遇することを期待していた。僕と彼女は親が迎えに来る、送迎場所が同じだ。送迎場所は混雑を避けるため、学校近くは禁止されている。禁止区域でなければ基本的に自由だ。だけど、偶然にも、僕と彼女が利用する場所は一緒だった。場所は除雪機が置いてある大きな倉庫の裏。学校から数分で着き、駐車スペースが広く、除雪もきちんとされている。以外にも利用するここを送迎先に利用する学生は少ない。しかも、皆が同じタイミングで帰るわけではないので、たいてい一人で親が来るのを待つことになる。僕も普段は一人で待っている。だけど、たまに帰るタイミング一緒になるときもある。その時は一緒に帰るのが僕の通例だ。
 僕は、毎日、偶然、彼女と帰るタイミングにならないか期待している。タイミングが合えば、一緒に帰ることができる。また偶然でなくてはならない。待ち合わせの約束をしたり、玄関で待っていることが彼女に知れたら、彼女に僕の好意がバレてしまう。彼女を狙っている男性も多いと聞く。その中に僕も加わりたいとは思わない。彼氏の座を狙う大勢の男性としてカテゴリーされたくない。偶然、一緒に帰るシチュエーションになるだけでその他大勢の男性にカテゴリーされることなく、自然に彼女と話すことができる。だから僕は本当にツイていると思う。誰にも気づかれることなく、至極、自然に、二人っきりで、彼女と話せる権利が獲得できる。なんて、素晴らしい。

 場所に近づくにつれ、学校での暖かい賑やかな雰囲気が跡形もなくなり、雪で視界が遮られた静かな別世界に変わる。この変化がまたいい。二人っきりの世界を演出してくれるみたいで、好きだ。
 この場所についてからしばらくたった。
 僕の親の車が近づいてくるのが見えた。今日も飽きるぐらい話し、僕の会話のネタが切れたときだったから丁度良かった。

 「それじゃまた明日」
 僕は軽く、手を振る。そこに僕の好きという気持ちも載せる。
 何も知らない彼女は小さく手を振り返した。
 
 母の車が止まり、僕は車に乗り込んだ。
 「あの子も一緒に乗せていこうか?」
 と、言う母の言葉に狼狽えた。
 「いや、彼女も親が待っているから、誘えないよ」
 「今日じゃなくて明日からよ?」
 「毎日帰るタイミングが一緒なわけじゃないから迷惑だよ」
 「そう?」
 少々困った顔をして、苦笑いをする母を横目に、僕は誘えない本当の理由を隠した。
 
 彼女を誘えないのは、彼女が親の送迎を待っていないからだ。確かに、彼女は親の送迎にはここを利用していた。だけど最近は送迎の場所として利用していない。彼女が待っているのは、彼女の彼氏だ。付き合っているのは、成績優秀、スポーツ万能、明るい性格の人気のある男子生徒で、もちろん、僕ではない。
 彼らは、付き合っていることを隠している。だから人の目から離れるために、学校から離れた場所で待ち合わせ、落ち合っている。
 
 僕は彼らを隠すための存在でしかないのだろうかと、過ぎゆく風景を見ながら、ふと思った。もし誰かに、彼氏と落ち合っている様子を見られたとしても、ただ親の送迎を一緒に待っていただけ、と答えればいい。その中で他の友達の例をして、僕の名が使用され、皆が納得する。

 (結局、僕は付き合っていることを隠す、カモフラージュにすぎないのかもしれない)

 でも、それでいいと思ってしまった。
 
 彼女が僕をカモフラージュとして利用するなら、僕は、それになろう。彼女の盾になろう。
 好意を彼女に伝えず、その関係を壊さず、続けていくことが、僕が彼女にできる最善。
 好きだからこそ、彼女のために伝えない。
 
 この関係を続けていくことが、言葉にしない、僕の好きを表す、自己表現なんだ。

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 「おー、今からお帰りですか?」
 突然現れた彼の顔は紅葉した葉のように紅潮していた。季節は冬。マフラーを巻き終わった丁度その時、よく一緒に帰る男の子に遭遇した。短髪で凛々しい眉。通った鼻筋。身長は私よりちょっと高いぐらい。犬に例えるなら、柴犬。ちょっとかわいいと思う仕草が犬に対するそれと似ている。一緒に帰ろうっか? と言う彼の後ろには左右に揺れる尻尾が見える。嬉しいのが隠しきれていないのが、また微笑ましい。

 彼はたぶん私のことが好きなんだと思う。言葉にはしないけど、さりげない仕草で好意を感じる。私はそれが嫌ではない。

 彼を認識するようになったのは、彼氏がいる時からだ。以前、彼氏と一緒に街に出かけたとき、この男の子に見られてしまった。私はゴシップのネタにされるのがいやなので、付き合っていたことを基本的に知られたくなかった。しまったと、冷や汗が出るのを感じ、かなり焦ったのをよく覚えている。けどその心配は必要なかった。噂は全く立たなかったからだ。彼は私たちが付き合っていることを隠してくれたのだ。人の恋路を邪魔しない、誠実な人なんだと思った。それが彼を意識するきっかけとなった。
 
 帰るタイミングが一緒になったときに一緒に帰るようになったときはあまり思い出せない。至極自然に、当たり前のように、いつにも間にか、一緒に帰るようになっていた。
 彼を横目に見る。彼と一緒にかえるのは3日ぶりだった。すごく楽しそう。私も楽しい気持ちになる。
 
 「-君は高校、どこ志望なんだっけ?」
 「○○高校だよ」
 「偏差値高いんだよね」
 「そうなんよ。勉強しなきゃ」
 「頑張って!」
 「いや、それお前もだからね」
 「私はもう推薦で受かったから頑張らなくていいの」

 白い世界に二人っきりで親の送迎を待つ。その間の会話は尽きたことはない。でも恋愛の話になったことはない。
 恋愛の話にならないのは彼が私に配慮しているからだと思う。それはたぶん、彼が私に彼氏がいると思っているからだと思う。
 
 彼には隠していることがある。
 それは、私が彼氏と別れたことだ。理由は性格の不一致だった。一か月前の出来事だ。
 元彼とは別れたことを言わない約束をしたので、たぶん誰も知らない。私も元彼との約束を守るため、言うつもりはない。
 だから、目の前にいる彼も、私が別れたことを知らない。

 私はその状況中で彼の方から「付き合っている人がいるの? 」と聞かれることを待っている。そうすれば、「いない」と宣言するだろう。
 別れたことを宣言するのは元彼との約束を破ることになるから、私から言うことはできない。

 だから、私は「言葉」を待っている。

 (あなたはどんな気持ちで私と一緒にいるの?)

 願わくば、好意的でありますように。


 彼の家の車を見送ってから、私は、学校が終わったことを家の人に電話で告げた。

 「待っている二人の気持ち」
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