恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


幸い、今日まで夏耶を生かしておかなければ桐人を脅す材料にならないからと、三河の与えた食事に危険なものが混入していることはなかった。

そして、“不潔な奴と同じ部屋にいたくない”と、シャワーを浴びることも許されていて、妊娠中のデリケートな体を持つ夏耶にとってはそれも、不幸中の幸いであった。


黙り込んでしまった夏耶の姿に、三河はいくぶん満足したらしい。

余裕を取り戻した様子で彼女の前にしゃがみこむと、フンと鼻を鳴らしてから挑発するような口調で言った。


「……そもそも。あの弁護士が“勝つ”ってことは、アンタは死ぬんだぜ?」


その交換条件については、夏耶も一応は理解しているつもりだ。

しかし、彼女はみすみす殺される気などなかった。

彼女の信じている“桐人の勝利”は、単に無罪を勝ち取るだけではないのだ。


「先生は……きっとあなたに勝つ。そして、私のことも助け出してくれる」

「へぇ……すげぇ信頼だな。それを裏切られた時のアンタを見るのが楽しみだ」

「……こっちこそ、あなたの敗北が決まった時のこと、楽しみにしてます」


ああ言えばこう言う、そんな夏耶の態度に辟易した三河は忌々しそうに舌打ちをした。


「……口の減らない女だ。いいさ、俺が絶対に負けない理由は他にもあるんだ。今は教えてやらないけどな」


そう言って夏耶のそばを離れると、彼はそのまま部屋を出て行ってしまった。

夏耶は疲労の滲んだため息を吐き、それから部屋をキョロキョロと見渡す。

目に入るのは、彼の薄汚れた作業着にはとうてい似つかわしくない広い部屋と、そこに置かれた高級そうな家具の数々。


(本当にここが彼の部屋なの……?)



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