恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


煙草の匂いが苦手な夏耶を気遣って、桐人はビルの外へ出てきた。
見上げると相変わらず空は曇っていたが、雪は止んでいた。

箱から一本取り出した煙草をくわえて火をつけ、一度息を大きく吸い込むと、足元で汚れている雪の色にも、頭上の重たい雲の色にも似た色の煙を、ゆらゆらと長く吐き出す。


(……なんで、行って欲しくないとか思ってんだ)


桐人は、そんな疑問を自身に投げかける。

夏耶は可愛くて有能な弁護士の卵。
早く一人前にしてやりたい。

彼女に対して抱いているのは、そんな、親心に似た気持ちではなかったか。

フウ、と再び煙をくゆらせると、その向こうに大通りと交わる交差点が見えた。

雪のせいでのろのろと走る車は列を作り、なかなか前に進まない。

それを見ていた桐人は運転者でもないのに、信号が青から黄色、そして赤に変わる間隔が、いつもより短いように感じた。


「俺に出せるのは……せいぜい、黄色信号まで、だろうな」


“行くな”なんて言葉が桐人の口から出た日には、夏耶は彼のオデコに手を当ててくるに違いない。熱でもあるんですか、とか言いながら。

だから、自分にできるのは、きっと冗談交じりに夏耶を引き留めるだけ。

そして、そうしたところで夏耶は同窓会に行くだろうし、例の幼なじみと久々に対峙したそのときには、わかりやすく頬を赤らめたりするのだろう。

そんな夏耶を想像すると桐人は胸やけを起こしたような苦しさを覚え、そんな自分をごまかすために、彼はこう呟いた。


「……やっぱり、おでんとコーヒーは一緒に胃に入れるもんじゃないな」


そして、短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けると、ビルの階段を上がって事務所へ戻って行った。



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