青い髪の紫陽花―雨に咲く恋

紫陽花の恥じらい―告白

場所は、雨が降りしきる裏庭。人っ子ひとりいない。オレは黒い傘をさしているが、姐さんはいつも傘なんてささない。姐さんの美学だ。そんな中で、楽しそうに拳を握りしめて、青いショートカットを揺らす姐さんは、その名前「雫」のように、どこか透明な美しさを放っていて、オレは見惚れた。

「さあ、来いよ」

姐さんが挑発する。オレは、駆け出して、姐さんの腕に向かって拳を振り上げた。だが、姐さんはさらりと受け流す。次の一撃。これも流される。姐さんは、くすりと笑った。青い髪は、さらさらと姐さんの白いほおをかすめた。

「あっ」

そのとき、姐さんが、裏庭の滑りやすくなった舗装道路に、足を取られて滑り、転んだ。膝をついた姐さんに、オレはまっすぐとびかかって……。

「……なんのつもりだ」

オレは、姐さんに手を差し伸べ、自分の黒い傘を差し掛けた。

「オレには、やっぱり姐さんを殴るなんてできません。弱くても、見下されてもいい。オレの、強いただ一人の尊敬する姐さんでいてください。ほら、風邪ひきますよ」

「お前は、バカか!!」

姐さんが叫んだ。

「情けのつもりか!?喧嘩じゃそんなことは通用しないんだよ!!弱みを見せた相手をぶん殴らなきゃ、自分が命をとられるんだ。お前は、甘いよ!!」

その後、姐さんはじっと下を向いた。青い髪は、だんだんと強くなっていく雨に濡れて、しっとりと燐光のような輝きを放っていた。

「……だけど、それが、その優しさが、お前の強さかもな。お前は、喧嘩じゃ通用しないが、普通の世界じゃ立派な人間だよ。傘、入らせてもらうかな」

姐さんは、素直にオレの傘の中に入ってきた。震えている姐さんの丸い肩。姐さんの、ちょっとした女らしさが、化粧をばっちり決め込んだ女たちより、よっぽど色っぽかった。

「特別に、教えてやる。なんで、私が青い髪なのか」

姐さんは、オレたちの近くに群生していた、きらきらと雫に濡れる紫陽花を、その瞳に宿して、ぽつりと言った。

「私、雨女なんだ。昔、そんなあだ名だった。特に梅雨時になんかイベントがあるときは、私がいるだけで、雨が降って、いじめられた。そんなわけで、喧嘩に強くなろうと思って、一人で生きてきた。青い髪は、太陽がきれいに出た、青い空への憧れでさ。過去とも決別できそうな気がした。そんなわけさ。大した理由じゃなくて、ごめんな」

姐さんは、オレの方を向いて、少し申し訳なさそうに、でも誇らしげににっと笑った。

「気づいたら、相合傘だな。お前、私と相合傘なんて、貴重だぞ。ありがたく思え」

「はい」

「冗談だよ。私に、傘を差し掛けてくれたのは、お前一人だ。こちらこそ、その、なんだ、あのな……」

姐さんはぐっと手を握りしめて、オレに表情が見えないようにそっぽを向いた。

「ありがとな、徹也」

それは、姐さんが、オレを「お前」ではなく、名前で呼んでくれたはじめての瞬間だった。

「あ、姐さん、オレの名前……」

「調子に乗るなよ!!たまたま覚えていただけなんだからな!!お前は、私の、舎弟だ」

そして、姐さんは、握りしめていた拳を開いて、オレの傘の柄をつかんだごつごつした浅黒い手に、その柔らかい手のひらでそっと触れた。

「一生な」

姐さん――雫姐さんの、ほおが、紫色に輝く紫陽花のように、ぽっと赤くなった。オレは、何も言わずに、姐さんの手に、これまたやさしく触れた。手が、触れただけなのに、こんなに関係が近く感じるなんて。オレと雫姐さんは、いつまでも、舎弟と姐さん……。

雨は、降り続いた。オレと姐さんは、黙って相合傘のまま、「たまり場」へと帰って行った。
梅雨の季節に咲く、美しい姐さんの強い背中を、一生追って行こう。そう、心に決めて。

(了)
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