Seventh Heaven
第四章 金色の世界
あれから、七咲さんは、学校に弁当を持参するようになった。
会話こそ、ほとんどないものの、ふたりでのランチは楽しかった。
それは、わたしにとって、学校での楽しみのひとつになっていた。
そんな毎日が、ずっと続くと思ってたのに。

数日が過ぎた頃。
七咲さんは、再び不登校になってしまったのだ。
なんの前触れもなく。

わたしは、ある日の放課後、七咲さんの家を訪ねた。

「何か用?」

インターホンを鳴らすと、七咲さんは玄関のドアを半分だけ開けてくれた。

「心配だったから」

「帰って」

「どうして」

「あんまり、学校行きたい気分じゃないの」

「嫌な事あるなら、わたしがちからになるよ?」

「…はあ。そうやって、わたしのことを助けてるつもり?そんなのただの自己満足だよ」

ドアを閉めようとする七咲さんの手首を見て、わたしは思わず、ドアの隙間に腕を突っ込んだ。

「痛!」

わたしは、ドアに腕を挟まれてしまった。

「ば、ばかじゃないの!?」

七咲さんは、再びドアを開けた。

「イタタタ…」

「大丈夫?けがしてない?」

心配そうにわたしの腕を見る七咲さん。

「う、うん、大丈夫」

七咲さんの腕には、無数の傷跡。
それは、あきらかに自傷行為の爪痕。
真新しいものがあるのも見て取れた。
普段は、長袖で隠してるから、気付かなかったんだ。
七咲さんが、こんな事をしてたなんて。

「ごめん。帰って。もうこないで」

七咲さんは、気まずそうに手首を隠した。

「どうして」

「わたしの苦しみを知らなかった。知ろうともしなかった人に、わたしを助けられるはずがないから」

まるで、その発言は、わたしの心を見抜いているかのようだった。
わたしは、何も言えず、ただ、閉められるドアを眺めている事しかできなかった。
いじめや、摂食障害を乗り越えたのに、まだ、苦しんでいたなんて。
余計なお世話と言われてもいい。
わたしは、やっぱり、七咲さんを助けたい。

わたしは、そっとドアノブに手をかけた。
七咲さんは、鍵をしめていなかったはず。

「七咲さん!」

いや、冷静にならなくては。
このドアを開けると、またあの世界に通じているはず。
あのひとつの色だけで染まった世界。
そうなれば、また、わたしは戦わなくてはならないのだ。

でも、もう見て見ぬふりはしたくない。
こうしている間にも、この部屋の中で、七咲さんが自傷行為に及んでいる可能性だってあるんだ。
わたしは開けるしかないんだ、このドアを。

「七咲さん!」

わたしは、勢いよくドアを開けた。

「ま、まぶしいっ」

目がくらむような、まばゆい金色。
ドアを開けると、思ったとおり、そこには、現実とは思えない別世界が広がっていた。
一面、全てが金色に染まった世界。

「やほ」

緑夢だ。
まるで、待ち合わせをしていたかのように、目の前にいたのは緑夢だった。
真紅の姿はない。あの子の事だから、またどこかに隠れているのかも。

「さあ、いこっか。この世界の主に会いに」

「えっ」

わたしは、ぽかんとしてしまう。

「その為にきたんでしょ?ほら、お菓子たくさん持ったし!」

緑夢は、まるで遠足気分だ。
お菓子を食べながら、ひとり、先に歩き始めてしまった。
わたしは、彼女のあとを追う。

そして、全てを知っているであろう緑夢に対し、わたしのなかにある疑問を率直にぶつけた。

「緑夢、教えて。この世界は一体なんなの?どうして、七咲さんの事知ってたの?」

「うーん。この世界がなんなのかは、私にもわからないんだよね。きっと、真紅さんも同じ。
でも、七咲さんの事は、ずっと前から知ってる」

緑夢は足を止めた。

「いつもね、聞こえてくるの。彼女が苦しむ声が」

「苦しむ声?」

「うん。それを聞くとね、私頭が割れそうになっちゃうの。痛くて痛くて。でもね、食べてる時だけは聞こえないの、苦しむ声が。耳を塞いでるように、聞こえなくなるの。でも、私がたくさん食べる程、あの子はもっと、苦しんでた。声が聞こえなくても、わかる。でも、私は食べるしかなかった」

昔のわたしと同じだ。
目の前で苦しんでいる誰かの姿を、見て見ぬふりをして、自分が傷つかないようにって。

「なゆたさんに負けて、私の世界はもう無くなっちゃったけど、それからは、あの子が苦しむ声が聞こえなくなったの」

緑夢は、おかしを食べるのをやめて、話を続ける。

「あの世界がなくなったことで、あの子は救われたんだと思う。最初は、私は、なゆたさんに負けたら
、死ぬつもりだったの。私が死ねば、この世界がなくなるかなと思ったから。そうなれば、私も彼女ももう苦しまなくて済むんじゃないかなって、いつかそういう日が来る事を望んでた」

わたしとの大食い勝負は、まさか、初めから負けるつもりでいた?
死ぬ口実の為に?
ああ、きっと、真紅も緑夢と同じように悩んでいたのか。
だから、殺せとわたしに執拗に迫ったんだ。
きっと、真紅も本当は七咲さんを助けたいと思ってたんだ。

あー、なんて優しい子なの、真紅はツンデレなのね。
いじらしいな、あの子は、もー!

わたしは、心の中でそんな事をつぶやいていると、すかさず、緑夢のツッコミが入る。

「ちょっと、なゆたさん、真剣な話してるのに何ニヤニヤしてんの?」

顔に出てしまっていたみたいだ…。

「何考えてんだか」

「ち、ちがう!ちがーう!」
< 10 / 21 >

この作品をシェア

pagetop