Seventh Heaven
「スタート!!!」
砂時計がさかさまにセットされる。
一皿目は、ミートソースパスタだ。
大き目の肉そぼろの食感と、ガーリックが程よく効いたトマトソースは、わたしがこれまで食べてきたパスタの中でもダントツにおいしい。
空腹もあって、わたしはそれを軽く平らげる。
隣を見ると、少女は既に次の料理のオムライスを食べ終わりかけている。
二皿目のオムライスをわたしが食べる頃には、少女は三皿目、四皿目へと食べ進んでいく。
もはや、おいしいと味わって食べている場合じゃなくなっていた。
わたしは、運ばれてきた三皿目の寿司の盛り合わせを両手で口に押し込むと、水でそれを流し込む。
わたしが積み上げた皿が6枚になった時、少女は20枚の皿を積み上げていた。
もう既に、わたしのおなかはいっぱいだった。やはり、この世界が普通じゃないと言っても、わたしが大食い選手みたいになれるはずがないんだ。
このままでは、勝てない。
「あのぅ、これでも相当手加減してるんですけどー。じゃあ、もう本気でやっちゃうよ?」
勝てない!
たしかに、彼女が手加減して食べていたのは、気付いてたけど、それでも、もうわたしは食べられない。
「あきらめちゃうんですか?」
「真紅!」
わたしの前に現れたのは、なんと、真紅だった。
「真紅?なにそれ」
「べ、別に」
少女は、食べながら首を傾げると、真紅は恥ずかししうに横を向いた。
「この子にわたしがつけた名前だよ」
「名前?そんなキャラじゃないっしょ、あんたー。あははは、笑えるー」
「うるさいわね、ほっといてよ。ていうか、いちいち、そういうこと言わなくていいから」
真紅が、わたしを横目で見ている。
「真紅、もしかして、さっきから、つけてた?出てくればよかったじゃん」
「わ、私じゃないし!」
「まったく、素直じゃないなー」
「なゆた、そんな事話してる場合じゃないですよ」
そう、その間にも、少女の皿はどんどん、積み上げられていく。
「真紅さんだっけ?見てるだけじゃなくて、手伝ってあげてもいいんだよー?」
「なんで、わたしが!」
少女の発言に戸惑いを隠せない真紅。
「お願い、真紅!手伝って!」
わたしは、すがる思いで、すぐ隣に立っている真紅に、山盛りフライドチキンの皿を差し出す。
「しょ、しょうがないですね。なゆたにそんなふうに頼まれたら…」
そして、それを一本食べた真紅の一言。
「むりです、もう満腹です…ごめんなさい」
「少食かい!っていうか、もうむりだよ。わたし、もう食べられないし」
「そんなことないです。あなたなら勝てますよ!」
そんなこと言われたって…。
「ここは彼女の世界。でも、彼女の世界は、あなたの世界ではない。私との戦いを思い出してください。あなたは、土壇場で刀を手にした。あなたは、それを創造したんです。私の世界で。ここでも、それができる。あなたは、限界を超えられるはずなんです」
真紅がそこまで言うなら!
わたしは、山盛りフライドチキンにかじりつき、それを完食すると、7枚目となる皿にのったうな丼に箸を伸ばした。
わたしなら、できる!
やらなくちゃいけないんだ。
七咲さんのために。
そして、わたしを信じてくれている真紅の為にも。
必死に食べる。
でも、さっきまでとは全然違う。
さっきまでは、おいしいと感じられなくなっていた食事が、今はすごくおいしいのだ。
苦しくもなく、食べる喜び、幸せが満ちてくる。
わたしは、夢中だった。
おいしいから、食べたいから食べるんだ。
これが、真紅の言う限界を超えるって事なの?
砂時計は、気付けば、残り10分の1程度。
そして、皿の枚数は、ほぼ互角。
もはや、これは大食い対決などではない。まさに、戦いそのものである。
「うぐっ、うぷっ」
聞こえてきた嗚咽。
少女の箸がわずかながら、止まる。
ずいぶんと苦しそうな表情を浮かべている。
それに対し、わたしはまだまだ食べられる。
わたしは、手を休めることなく、150皿目のジョッキパフェにスプーンをのばす。
「勝てますよ!」
一皿を食べきるスピードも圧倒的に、私の方が速い。
真紅の言う通り、わたしの勝ちは決まったも同然だ。
その時だった。
「うっ、うごっ、うごうごっ!」
少女の様子がおかしい。
見ると、少女のおなかはまるで、風船のように膨らんでいる。
それも、今にも割れてしまう程に膨らませた風船だ。
わたしと少女の目が合ったその瞬間だった。
この感覚は…。
あの時と同じ。
見える…。
十分に食事を摂らせてもらえない七咲さんの姿が。
聞こえる…。
わたしがたくさん、ごはんを食べたから、いけないんだ。
七咲さん!
七咲さんの為にも、負けられない。
わたしは、少女を打ち負かす為、パフェをさらに食べ続けた。
「うごうごっ、うががーっ!」
「きゃあああ!」
私は、思わず、悲鳴をあげた。
少女は、なんとおなかをパンパンに膨らませたまま、その場に倒れこんだのだ。
息絶えた少女の横で固まるわたし。
その時である。
「ちょっと!何してるんですか!まだ、勝負はついてませんよ!」
真紅の声に、わたしは我に返った。
少女は隣で食事を続けている。
あわてて、食事を再開する。
今のは、幻覚?
しかし、少女のおなかは、風船のように膨らんでいる。
このまま、戦いを続けたら、きっと。
わたしは、静かにスプーンを置いた。
「ちょっと!なゆた!」
真紅は、わたしの肩を揺すりながら、声を荒げる。
「なんで、食べるのやめた?おまえ、その意味わかってんのか!」
少女はスプーンを置き、怒声を上げた。
おもちゃを取り上げられた子供のように、その顔を真っ赤にしながら。
「これ以上はもういい」
「降参するつもり!?」
「ああ、もう負けでいいよ。じゃあ、あなたは死ぬ事がわかっていながら食べ続ける気?」
「そうだ!食べながらしぬなら本望!情けなんていらない!」
「そうやって、ただおなかにつめこむだけで幸せなの?そんな苦しそうに食べるのが幸せ?今のあなたは、おいしそうに食べているように見えない!」
「え」
「七咲さんは、たべたくても、たべられないんだ!助けられるんでしょ!助けてあげてよ!わたしは、ここに残ってもいいから」
「なゆた…」
「…わたしの負けだよ」
少女は、にこっと微笑み、続けた。
「うん、七咲さんも助ける。猫ちゃんにも優しくする。なゆたさんも返してあげる。仲間になってあげる」
「仲間?私は、仲間になったわけじゃないんですけどね!」
少女の発した仲間という言葉に激しく反応する真紅
「そういえば、名前。私にもつけてくれるんだよね?」
「緑夢と書いてグリムなんてどうかな?」
「イイ!すごいイイ!おしゃれー!」
緑夢という名前がひどく気に入った様子で、彼女は飛び跳ねている。
風船のように膨らんだおなかで。
「それにしても、真紅。ありがとう。アドバイスがなかったら、わたしは負けてた」
「べ、別に助けたわけじゃないし!勘違いしないでくださいよ!」
「あはは、本当に素直じゃないんだから!ッ、また、だ!ううっ、頭が!」
いつもの頭痛がわたしを襲う。
「なゆたさん!?」
「なゆた!」
ぐりむと真紅がわたしを抱きかかえる中、わたしは激しい頭痛に意識を失った。
砂時計がさかさまにセットされる。
一皿目は、ミートソースパスタだ。
大き目の肉そぼろの食感と、ガーリックが程よく効いたトマトソースは、わたしがこれまで食べてきたパスタの中でもダントツにおいしい。
空腹もあって、わたしはそれを軽く平らげる。
隣を見ると、少女は既に次の料理のオムライスを食べ終わりかけている。
二皿目のオムライスをわたしが食べる頃には、少女は三皿目、四皿目へと食べ進んでいく。
もはや、おいしいと味わって食べている場合じゃなくなっていた。
わたしは、運ばれてきた三皿目の寿司の盛り合わせを両手で口に押し込むと、水でそれを流し込む。
わたしが積み上げた皿が6枚になった時、少女は20枚の皿を積み上げていた。
もう既に、わたしのおなかはいっぱいだった。やはり、この世界が普通じゃないと言っても、わたしが大食い選手みたいになれるはずがないんだ。
このままでは、勝てない。
「あのぅ、これでも相当手加減してるんですけどー。じゃあ、もう本気でやっちゃうよ?」
勝てない!
たしかに、彼女が手加減して食べていたのは、気付いてたけど、それでも、もうわたしは食べられない。
「あきらめちゃうんですか?」
「真紅!」
わたしの前に現れたのは、なんと、真紅だった。
「真紅?なにそれ」
「べ、別に」
少女は、食べながら首を傾げると、真紅は恥ずかししうに横を向いた。
「この子にわたしがつけた名前だよ」
「名前?そんなキャラじゃないっしょ、あんたー。あははは、笑えるー」
「うるさいわね、ほっといてよ。ていうか、いちいち、そういうこと言わなくていいから」
真紅が、わたしを横目で見ている。
「真紅、もしかして、さっきから、つけてた?出てくればよかったじゃん」
「わ、私じゃないし!」
「まったく、素直じゃないなー」
「なゆた、そんな事話してる場合じゃないですよ」
そう、その間にも、少女の皿はどんどん、積み上げられていく。
「真紅さんだっけ?見てるだけじゃなくて、手伝ってあげてもいいんだよー?」
「なんで、わたしが!」
少女の発言に戸惑いを隠せない真紅。
「お願い、真紅!手伝って!」
わたしは、すがる思いで、すぐ隣に立っている真紅に、山盛りフライドチキンの皿を差し出す。
「しょ、しょうがないですね。なゆたにそんなふうに頼まれたら…」
そして、それを一本食べた真紅の一言。
「むりです、もう満腹です…ごめんなさい」
「少食かい!っていうか、もうむりだよ。わたし、もう食べられないし」
「そんなことないです。あなたなら勝てますよ!」
そんなこと言われたって…。
「ここは彼女の世界。でも、彼女の世界は、あなたの世界ではない。私との戦いを思い出してください。あなたは、土壇場で刀を手にした。あなたは、それを創造したんです。私の世界で。ここでも、それができる。あなたは、限界を超えられるはずなんです」
真紅がそこまで言うなら!
わたしは、山盛りフライドチキンにかじりつき、それを完食すると、7枚目となる皿にのったうな丼に箸を伸ばした。
わたしなら、できる!
やらなくちゃいけないんだ。
七咲さんのために。
そして、わたしを信じてくれている真紅の為にも。
必死に食べる。
でも、さっきまでとは全然違う。
さっきまでは、おいしいと感じられなくなっていた食事が、今はすごくおいしいのだ。
苦しくもなく、食べる喜び、幸せが満ちてくる。
わたしは、夢中だった。
おいしいから、食べたいから食べるんだ。
これが、真紅の言う限界を超えるって事なの?
砂時計は、気付けば、残り10分の1程度。
そして、皿の枚数は、ほぼ互角。
もはや、これは大食い対決などではない。まさに、戦いそのものである。
「うぐっ、うぷっ」
聞こえてきた嗚咽。
少女の箸がわずかながら、止まる。
ずいぶんと苦しそうな表情を浮かべている。
それに対し、わたしはまだまだ食べられる。
わたしは、手を休めることなく、150皿目のジョッキパフェにスプーンをのばす。
「勝てますよ!」
一皿を食べきるスピードも圧倒的に、私の方が速い。
真紅の言う通り、わたしの勝ちは決まったも同然だ。
その時だった。
「うっ、うごっ、うごうごっ!」
少女の様子がおかしい。
見ると、少女のおなかはまるで、風船のように膨らんでいる。
それも、今にも割れてしまう程に膨らませた風船だ。
わたしと少女の目が合ったその瞬間だった。
この感覚は…。
あの時と同じ。
見える…。
十分に食事を摂らせてもらえない七咲さんの姿が。
聞こえる…。
わたしがたくさん、ごはんを食べたから、いけないんだ。
七咲さん!
七咲さんの為にも、負けられない。
わたしは、少女を打ち負かす為、パフェをさらに食べ続けた。
「うごうごっ、うががーっ!」
「きゃあああ!」
私は、思わず、悲鳴をあげた。
少女は、なんとおなかをパンパンに膨らませたまま、その場に倒れこんだのだ。
息絶えた少女の横で固まるわたし。
その時である。
「ちょっと!何してるんですか!まだ、勝負はついてませんよ!」
真紅の声に、わたしは我に返った。
少女は隣で食事を続けている。
あわてて、食事を再開する。
今のは、幻覚?
しかし、少女のおなかは、風船のように膨らんでいる。
このまま、戦いを続けたら、きっと。
わたしは、静かにスプーンを置いた。
「ちょっと!なゆた!」
真紅は、わたしの肩を揺すりながら、声を荒げる。
「なんで、食べるのやめた?おまえ、その意味わかってんのか!」
少女はスプーンを置き、怒声を上げた。
おもちゃを取り上げられた子供のように、その顔を真っ赤にしながら。
「これ以上はもういい」
「降参するつもり!?」
「ああ、もう負けでいいよ。じゃあ、あなたは死ぬ事がわかっていながら食べ続ける気?」
「そうだ!食べながらしぬなら本望!情けなんていらない!」
「そうやって、ただおなかにつめこむだけで幸せなの?そんな苦しそうに食べるのが幸せ?今のあなたは、おいしそうに食べているように見えない!」
「え」
「七咲さんは、たべたくても、たべられないんだ!助けられるんでしょ!助けてあげてよ!わたしは、ここに残ってもいいから」
「なゆた…」
「…わたしの負けだよ」
少女は、にこっと微笑み、続けた。
「うん、七咲さんも助ける。猫ちゃんにも優しくする。なゆたさんも返してあげる。仲間になってあげる」
「仲間?私は、仲間になったわけじゃないんですけどね!」
少女の発した仲間という言葉に激しく反応する真紅
「そういえば、名前。私にもつけてくれるんだよね?」
「緑夢と書いてグリムなんてどうかな?」
「イイ!すごいイイ!おしゃれー!」
緑夢という名前がひどく気に入った様子で、彼女は飛び跳ねている。
風船のように膨らんだおなかで。
「それにしても、真紅。ありがとう。アドバイスがなかったら、わたしは負けてた」
「べ、別に助けたわけじゃないし!勘違いしないでくださいよ!」
「あはは、本当に素直じゃないんだから!ッ、また、だ!ううっ、頭が!」
いつもの頭痛がわたしを襲う。
「なゆたさん!?」
「なゆた!」
ぐりむと真紅がわたしを抱きかかえる中、わたしは激しい頭痛に意識を失った。