Seventh Heaven
第五章 紫の世界
「七咲さん」

フードからこぼれる七咲さんの髪を撫でる長髪の少年。
まるで、女性のように細くしなやかな指先に、七咲さんの髪が流れる。
うっとりと悦に浸る表情を浮かべながら、彼は、繰り返し繰り返し、七咲さんの髪を撫でている。
その手首には、幾重にも巻かれた白い包帯。

「七咲さん、傷だらけの君は美しい」

優しく微笑む彼は、まるで女性のように美しい中性的な美少年だ。
猫のような丸く、愛らしい目元。長いまつ毛。透き通るような白い肌。
肩ほどの長さの黒い髪は、とても男性のものとは思えない美しい髪質。
それにしても、あの手首の包帯。彼も自傷行為を?
七咲さんと彼は、一体どんな関係なのだろうか。

「ああ、傷は美しい。痛みだけは、嘘をつかないから」

甘い声色でささやきながら、彼は、七咲さんの手首に巻かれた包帯を解いていく。
そして、傷だらけのそこに、頬を摺り寄せた。
わたしは、その様子を窓の隙間から覗き見ていた。
七咲さんの家の窓は、なぜか、いつ来ても少しだけ開いている。
まるで、わたしが覗き見る事を知っているかのように。

日はすっかり沈み、空は真っ黒。
こんな時間にこんな事をしていては、通報されてもおかしくはない。
覗き見なんて、我ながら、あまりいい趣味とは思えないけれど、七咲さんを助けたい気持ちは、日に日に増していくばかりで、今もこうしている。
いや、本当にそうなのだろうか?

彼女を助けたい?
本当にそれだけなのだろうか。
そうじゃない。
もしかすると、わたしは、自分が気付かない内に、あの世界へ行きたいと心の奥深くで願っているのかもしれない。
日常からかけ離れたあの世界での刺激的な非日常。
そして、仲間たちとの出会い。
わたしは、毎日、あの世界の事を思うようになっていた。

真紅は、ぐりむは、金色の少女…あ、まだ名前を決めていなかった…は今頃どうしているのだろう、とか。
わたしは、あの世界をまた体感したくて、七咲さんに固執しているだけなのかも。
けれど、本当のところは、わたし自身にもわからない。

「最近は、やっていないのかい?」

「あ、はい」

そう、七咲さんはあの日から、自傷行為を行っていないはずだ。

「ああ、キミ自身を傷つけてほしいなあ。僕のために」

「でも、わたし」

彼から自傷行為を促され、七咲さんは困った表情を浮かべている。
他人に自傷行為を勧めるなんて、とんでもない男だ。
わたしは、こみあげる怒りから、作った拳を強く握りしめた。
爪が手の平に突き刺さり、血が滲む程に。

「まあ、いいや。その身を切り刻んで作った傷は、時とともに塞がっても、君の心にある深い傷はけして癒える事はない。僕は、そんな傷だらけの君を飼い殺すのが好きなんだ」

悪魔のような台詞を、顔色ひとつ変えず、平然とくちにする少年。
彼は、知的で美しい外見からは想像もできない、恐ろしいまでの狂気を内に秘めている。
彼は、七咲さんを苦しめている元凶のひとつなのか。

「七咲さんは、一生僕から離れられない。僕の鳥かごの中で生きていくんだ。大丈夫。僕が一生ついててあげるから」

「はい」

七咲さんは、うつむき、か細く答えた。

鳥かごの中で生きること。
彼の支配する世界の中で、自由を奪われ、強要される自傷行為を受け入れる。
それは、これから変わろうとしていた七咲さんが、心から望んでいる世界であるはずがない。

「ああ、七咲さん、素敵だよ」

彼は、七咲さんの肩を抱き寄せた。

いけない。
彼に支配されては!

わたしは、殴りつけるように激しく、ドアを開けた。

「来た…」

ドアを開けたそこには、一面が赤黒い紫色に染まった世界が広がっていた。
否が応でも、不安をかきたてる色。
寒気がするような、不気味な雰囲気が漂っている。
今までにない感覚だ。
それでも、わたしは、胸の高鳴りを感じずにはいられない。
この世界に来れたという興奮。
しかし、この後、絶望の底へ突き落される事を、今のわたしは知る由も無かった。

「なゆたんっ!」

「なゆたん?なんなんだ、その萌えな呼び方は」

わたしの前に、現れたのは、金色の瞳の少女だった。
相変わらず、かわいい。
金色のファーがついたジャケットを水着の上に羽織った上半身。
これまた、相変わらず、立派な膨らみ。
そして、ショートパンツから伸びる美脚。
わたしはまたもや、その絶世の美少女の姿に見惚れてしまう。
同性から見ても、純粋にかわいいと思ってしまう。
同時に、わたしは自分の胸を撫でまわしながら、羨望の眼差しを向けるのだった。

「なゆたーん、会いたかったー!」

少女は、わたしに抱きついてきた。

「あ、胸が」

「あのさ、あたしの名前は?考えてくれた?」

「あ、ああ」

とは言ったものの、全く考えてなかった。
すっかり、忘れていたのである。

できるだけ、彼女達が持つ色と、彼女達の印象をあらわすような言葉を組み合わせた名前を付けたいと思いながらも、「金色」を名前に入れるのは、あまりにも難解で、思い浮かばず。
そのまま、考える事自体を忘れてしまっていたのだった。

「はーやーくー」

「うーん…あ!金華と書いて、かなはな。かなって呼び方はどうかな?」

「あ、いい、すごくいいよ、なゆたぁんっ!好き好きーっ」

わたしが、「かな」と名付けた少女は、わたしを強く抱きしめる。
ネーミングセンスは、幼い頃から、ぬいぐるみに囲まれて育った環境が育んでくれたわたしのある種の才能と言っていいかもしれない。
ぬいぐるみを買ってもらうたびに名前を付けていたわたし。

「って…す、好き?」

なんだか、今、おぞましい言葉が聞こえたような。

「あーら、とっても仲がよろしいこと」

真紅だ!
真紅は、まるで、汚いものを見るような目でわたし達を見ている。

「違うっ、違うって!」

「別にいいんですよ、気にしてませんから。ただ、気持ち悪いから、私にはそういうの強要しないでくださいね」

相変わらず、真紅は手厳しかった。

「あのー、イチャイチャしてないで、先急がない?」

今度は、緑夢だ。
いつもながら、お菓子を食べている。
純粋であどけない緑夢の様子にいつも、わたしは癒されている。
真紅、かなは、まぎれもない美少女だが、緑夢もまたかわいい女の子だ。
わたしが、男だったら、このハーレムな状況は、絶対にたまらないはずなのに。
逆に、真紅達が美少年だったら…とか。
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