十一ミス研推理録2 ~口無し~
7.利き手
 放課後、都立明鏡止水高等学校、ミステリー研究部の部室で――。
「あんなことあったんじゃあ、今日はこないかもしれないよな……」
 ひどく落胆したワックスが、得意の鉛筆回しの妙技を適当にこなしながら言った。
 裕貴も部室にはきたが、色とりどりのチョークで書かれた『新入部員、八木綾花ちゃん。大歓迎』の文字を見ながら呆けている。
 十一朗は持ってきた推理小説を開きながら、綾花が持ってきた入部届けを見た。事件があった直後のために、提出するかどうか悩んでいた。
「あれ? プラマイ、今日は探偵小説じゃないのかよ。刑事小説なんて珍しくね?」
 突然、ワックスが鉛筆回しをやめて、十一朗に話しかけてきた。推理小説に興味はないと思っていたが、十一朗が読む作品題名だけは気になっていたらしい。
「いや、読まないことはないよ。刑事小説のほうが警察内情や専門知識が詳しく書いてあったりするからさ。勉強にもなるし……」
「プラマイ、今朝、お父さんと喧嘩してなかった? 隣まで聞こえてたよ」
 話の途中で裕貴がいらない質問をしてきた。聞いたワックスが変な笑みを浮かべる。
「まじで? お前も親父と喧嘩する時あるんだ。意外な一面発見だな」
 十一朗は息を吐いた。勝手に親子喧嘩であると結論づけられてしまっている。
「似て非なるものだよ。進路について話をしただけ。さすがに三年になったのに、大学に行って法律を勉強するっていう考えだけじゃいけない気がしてさ」
 十一朗の答えを聞いた裕貴が、黒板に近づいてチョークを取ると笑いながら言った。
「小説変えたのは心境の変化からかー。お父さん喜んだんじゃない?」
 ワックスが十一朗を見た。幼馴染みなだけに裕貴は全てわかってしまったようだ。それとも女の勘というものだろうか。この鋭さが推理に役立てばいいのにと十一朗は思う。
「喜んでいたのかな……よくわからないよ。親父って、いつも口数少ないからさ」
「えー、プラマイのお父さんって寡黙だから格好いいんだよ。私のお父さんなんてお酒飲んだら弾丸トークとまんないんだもん。憧れのお父さんの姿だと思うけどな」
 言いながら裕貴はチョークを使って著作権侵害ともいえる、なんちゃってキャラクターを描きはじめる。ところが、途中で描くのを断念すると制服の袖を見て声をあげた。
「あーもう! チョークで汚れちゃった。黒板に手をつけた私が悪いんだけどさ……」
 汚れた手にどう対処すればいいか、裕貴は室内を眺めてからティッシュ箱を取る。
 十一朗は裕貴の一連の動きで、綾花の入部届けの『あること』に気がついた。
「彼女、右利きか……左利きじゃないんだな」
 貫野は殺人事件の共犯者を八木綾花と疑っている様子だった。しかし、共犯者は左利きだろうという推測が出ている。
 そんな十一朗の呟きを聞いた裕貴が、首を傾げて近づいてきた。
「ねえ、何で八木さんが右利きだって思うの? 会ったばかりでよく知らないのに」
 ワックスも「そうだよな」と言って十一朗を見た。十一朗は綾花が渡した入部届けを机の上に置いて、文字を指差した。
「書いた筆記用具はシャープペン。入部届けってさ、横書きと縦書きの用紙があるんだ。横書きの文字は掠れてないのに、縦書きの文字は掠れているだろ?」
 十一朗は手元にあったノートを開くと文字を書いて実践した。
「手をついて書くから先に書いた文字を擦っちゃうんだよな。横書きの時には右側に文字があるから擦ることはないけど、縦書きだと右側に文字があるから擦ることになる」
 裕貴が「あっ」と声を出した。
「さっきの私の落書きを見て気づいたの? どういう思考転換でそうなるのよ」
 十一朗は笑ってしまった。周囲の者の動きを見て引っかかった謎を解く。まるで推理小説の展開だ。
< 18 / 53 >

この作品をシェア

pagetop