十一ミス研推理録2 ~口無し~
「裕貴の予測不能の動きに感謝だな。本当は八木に直接訊いてもいいんだけど、訊くより自分で問題を解決したほうがいい」
 八木綾花は嘘をついていない。確証を自分自身で見つけたことで十一朗は安堵した。
 その時だ。ノックの音が二回響いた。
 曇りガラスが張られた扉の向こうにある影は、紛れもない新入部員八木綾花の姿だ。
「開いてるよ」
 初日と変わらない入室の仕方で綾花は扉を開けて入ってきた。ワックスが感動したかのように目を閉じて全身を震わせているが、十一朗は無視した。
 入室した綾花は視線を落したまま、顔を強張らせている。十一朗たちの一声を待っているようだった。
 十一朗は推理小説を閉じると、綾花を見た。視線が交錯して彼女が目を見開く。知りもしない男との関係を警察に迫られて、疑心暗鬼に陥っているのが見て取れた。
「じゃあ全員揃ったみたいだし、活動開始するか」
 いつもと変わらない進行が意外だったのか、裕貴とワックスが驚いて十一朗を見る。
 綾花も緊張で硬直させていた体を動かすと、いきなり十一朗に駆け寄ってきた。
「あの! 昨日のこと、何も訊かないんですか? それに私、あの後、東海林先輩が刑事さんと何を話したのか気になって、ここにきたんです」
 当然の反応だろう。十一朗は裕貴とワックスも見た。二人も興味深そうに身を乗り出している。本来なら捜査の進展を他者に語るべきではない。しかも八木綾花は殺人の共犯者と疑われている人物だ。
 しかし、十一朗は自身で導き出した推理から、彼女は犯人ではないと確信していた。
「そうだなぁ……隠しても仕方ないから正直に話すよ。警察は八木のことを殺人事件の共犯だと怪しんでいた。もしかしたら連行されるかもしれない。だけど、それは俺が全力でとめるよ。君は事件に関与していない。これは仲間意識からじゃない。確信だ。俺は八木を信じているし、君に協力していくつもりだ」
 緊張の糸が切れたかのように、八木綾花の表情が緩んでいく。
 そして、涙ながらに訴えた。
「本当に私はあの男の人を知らないんです。信じてください!」
 警察の前で叫んだら、逆に怪しまれるような主張だ。十一朗は綾花を見た。
「そう言われたら、警察はアリバイを訊く。俺は君を犯人だと疑ってはいないけど、一応、確認していいかな。アリバイとかはあるのか?」
 綾花は首を横に振った。
 事件発生は午後十一時、高校生が外出していたら注意されてしまう時刻だ。家にいたというのが普通だろう。そして、アリバイは家族間では成立しない。刑事ドラマを見る綾花はそれを知っているに違いない。
「その時間は、ひとりで自室にいました。だからテレビの内容しか言えないんです。母も仕事で留守でしたし……これってアリバイにはならないんですよね」
 綾花の言う通りだった。残念ながらアリバイとしては不十分だ。
 殺人を計画した者は、自分が被疑者とならない方法を模索する。その中で捜査の対象からはずれる簡単な行動がアリバイ工作だ。
 これを警察が警戒していないわけがない。刑事は誰であっても疑うことを前提に捜査に踏み切っているので、完璧といえるアリバイしか信じない。
 犯行時刻にどこかの防犯カメラに写っていたとか、多人数の第三者と会話を交わしたというほどでなければ無理だ。
 テレビの内容なんて録画すればいいわけだし、子供が殺人を犯したのなら親も隠そうとするだろう。
 刑法一○五条でも、親族間の特例として(犯人などをかくまい逃がす行為及び証拠隠滅)の罪は『犯人または逃走者の親族が犯人または逃走者の利益をのために犯したときには、その罪を免除することができる』とある。
 刑事は当然、この刑法を知っているので親の証言を信じないのだ。
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