十一ミス研推理録2 ~口無し~
11.吐露
 翌日、都立明鏡止水高等学校ミステリー研究部の部室では、部長席の周りに全員が集まるという情景が形成された。
 事件の概要について十一朗がノートに記していく。複雑に絡まった十一年前の事件と今回の事件との点と線、被害者、被疑者、重要参考人の関係。
 それは、ミステリー研究部部員には無視できないものになってしまった。
 何故なら、今日くるはずの綾花が学校を休んだからだ。先日まで語り合っていた仲間は、自分たちが想像していた以上に人生最大の苦難に立たされていた。
 まず動きを見せたのがワックスだった。得意のペン回しを数回だけすると、重い息を吐いてペンケースにしまった。
「一年生の間で嫌な噂がひろがっている。八木は殺人犯の娘だってさ」
 こみあげていた苛立ちを抑えきれずに、ワックスはペンケースを持った手を震わせていた。続いて裕貴も十一朗の顔色を窺うように上目遣いで続けた。
「あと……八木さんを入部させた理由は、事件の証拠をつかんで警察に褒賞をもらうためだろうって」
 裕貴が途中で話題をとめたのは、噂を聞いたという生易しいものではないからだろう。きっとクラスの者に直接言い放たれたのだ。
 十一朗の知らない場所で、部員全員に精神的なダメージが与えられている。
 何故、部長の自分に言いにこないのか。
 十一朗は歯噛みした。沸騰爆発しそうな感情は、頑丈な精神という箱に詰めこむしかないとわかっていた。それでも自分はまだ社会人ではない。大人からみると精神が未発達の子供だ。まだ箱の強度が足りなかった。
 二人の話を聞いて部室を飛び出した。廊下の窓を開けて、中庭で騒いでいる生徒たちに視線を向けた。誰が敵か味方か。疑心暗鬼になっていた。
「変な噂をたてる前に、俺のところに直接こい。何も知らないくせに、騒ぎたてて何が楽しいんだ。もっと楽しいことなら他にもあるだろう!」
 抑えこんでいた怒りを爆発させたところで、ワックスに羽交い締めにされた。
「ちょっ、他に敵つくってどうするんだよ。落ち着けって。俺たちは何を言われても大丈夫だからさ。また得意の推理で、他の奴らの鼻の穴開かせてやろうぜ!」
「プラマイ、ワックスの言う通りだよ。この前までミス研に入部したくてきていた奴らだよ。そんな奴相手にしたって時間の無駄。推理、推理!」
 十一朗は部室に押しこまれながら、裕貴が言ったことに驚いた。『奴ら』女生徒の口から、裕貴の口から卑下の主語が出るとは思ってもいなかったのだ。
 自分よりも冷静に分析しているのは、この二人のほうかもしれないと十一朗は感じた。
 真実を説くことが先なのだ。それが学校を休むことしかできなかった綾花のためにもなる。今はそう信じて、ありったけの推理力を発揮するしかない。
 父の背中に追いつくために、そして事件の情報を語り、手を貸してくれている貫野の期待に応えるためにも。
 十一朗は事件概要の続きをノートに書く前に空を見た。必死に事件を追っていたことで、自分が最も冷静に分析できる前段階の行動を忘れていた。
「男は八木の携帯の電話番号が書かれていた紙を持っていた。これは八木と男の接点がどこかにあることを意味している。それはおそらく十一年前の事件だ。刺された順番は被疑者が先、そう考えると目的は金じゃなくて脅しだ。そして升田が憤怒の表情で死に至ったことから、怨恨が裏にあったと考えられる」
 十一朗の話を聞きながら、裕貴は確認するかのようにノートを見た。
「八木さんのアリバイって、まだ貫野さんに聞かれていないよね?」
「今日、八木が学校を休んだのは、噂から逃げるためもあるんだろうけど、事情聴取もされている可能性もあるな」
「貫野さんとか、お父さんからは何も聞いていないの?」
「いくら俺が刑事部長の息子でも、そこまで教える義務は二人にはないよ。それに貫野さんにも考えがあるんだと思う」
 話が終わったところで、裕貴が妙な含み笑いを見せた。何となく理由は察した。貫野の言葉を借りるなら、敬称をつけるのは『ガラでもない』ということだ。
「八木が事情聴取されていたとしても大丈夫。レシートがあれば、警察もコンビニの防犯カメラで確認してくれる。それでアリバイ成立だ。問題は被疑者が隠している真実と八木の母親が黙っている理由だ。どちらかが落ちたら終わりだろうな」
 これに裕貴とワックスが息を呑んだ。『落ちたら』それはどちらかが共犯の存在と十一年前の事件の謎を語るということになる。
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