十一ミス研推理録2 ~口無し~
「お前の指示通りに和田繁樹を追及した。そうしたら、何て答えたと思う? 二人で八木和歌子を取り合って、最終的に殺し合いに発展したんだそうだ。万年筆は彼女の娘の気を惹くためのもの。自殺未遂をしたのは、見捨てられたからだそうだ」
「だとしたら、何で飛び込み自殺を……」
 これには裕貴が反応した。自殺と轢死を利用した古傷隠し。そうまでして隠そうとした理由は、複雑なものに違いない。
 理屈ではない、感情的なことは男よりも女性が勝っているという。十一朗は自分より裕貴のほうが、男が共犯を隠し通す理由を理解しているかもしれないと感じた。
「十一年前の事件の話は追及した?」
「ああ、そんな事件もありましたねと言った。まさか調べられるとは思っていなかったんだろうな。ただそれっきり黙秘だ」
 男は自分に不利な質問をされた時には黙秘しようと前以って決めていたのだろう。取り調べをする際は、被疑者に冷静になる時間を与えないことが常識とされている。冷静になった犯人は逃げ道を探す。刑事が次に何を訊いてくるのか。予想して計算づくの答えを何通りも脳内に準備する。
 その時、刑事にできることは、足を棒にしながら駆け回り、汗水垂らして拾い集めた証拠を叩きつけることくらいだ。
 被疑者が絶対に逃げきれない情報だけが、相手を追い詰める逮捕の鍵となる。
 ところが今の状況は違う。和田繁樹は全面的に殺しを認めている。自分が主犯だ。共犯はいないと言い続けている。
 相手は証拠隠滅のために自殺未遂までする男だ。ボロを出すようなことはしないだろう。更に現在と過去が繋がる難しい状況。
 十一朗はノートに聞いた内容を書き込みながら、貫野を見た。
「嫌な流れになってきているな……警察内部の動きってどうなっているんだ?」
 十一朗の功績を知っている貫野であっても、一般人に内部事情を話すのは迷いも生じるだろう。しかし、十一朗はわかりながらも訊いた。嫌な予感が的中しているのではないか。その確認をとるために。
「ほんとにお前は憎たらしいガキだな……全てお見通しって感じでよ。刑事部長も懸念していたな。捜査一課が扱う現在の事件と特命が扱う十一年前の事件、それと升田がいた暴力団を扱う組織犯罪対策部が扱う事件。はっきりいって、今回の事件はこの繋がりが壁になっている」
 貫野が吸いきった煙草を落として踏み消す。
 どうしようもできない苛立ちか――。すると、文目がメモを開きながら呟いた。
「全員が全員別行動しているようなものですからね」
 貫野が絶妙に隠していた警察内情の痛いところを、文目は気にもせずに単刀直入に突いた。相棒の無神経な会話に、貫野はこめかみに青筋を立てながら、踏み消したタバコを拾う。
「その別行動を俺たちもしているんだよ。警察庁は主犯逮捕で解決って流れになってきてんのに、十一年前の事件って……板挟みみたいな捜査してよ」
 貫野の愚痴を聞いて、十一朗はやはりと感じた。
 証拠が繋がらない事件となると、解決はお手上げ状態となる。主犯が全面的に罪を認めたというのなら尚更だ。
「俺が貫野さんに頼んでいる捜査内容は、全部推理からの線だからね。そういった判断になるとは思っていたよ」
 十一朗の言葉に文目が肩を動かして目を見開く。言ってはいけない引き金に手を掛けてしまっていたと気づいたらしい。
 弁解するかのように、体を乗り出して言った。
「十一年前の事件を徹底的に捜査するのは大事なことだと思いますよ。暴力団の件も。僕は別行動を否定したわけではなくて……別行動も時には必要であるという話を」
「少し黙ってろ。今のは問題発言だ」
 即座に貫野が文目の言い分を撤回させた。
 貫野や文目といると、刑事は縦社会であるということを忘れかける。けれど実際は縦だけではなく横の関係も存在する。
 貫野に頼んでも、もう捜査は続けてくれないだろうなと感じた。
 事件は和田繁樹が犯人というかたちで、解決に向かっていくのだろう。
 十一朗も悩んでいた。十一年前の事件を掘り起こし、口無し事件の謎を追い続けてもいいものかと。
 今の状態なら和田繁樹逮捕、共犯はいないというかたちで終わる。
 綾花の母が共犯とされることなく、事件も幕を閉じることができる。
 が――本当にそれでいいのか。真実を放棄するのは、刑事を目指す自分がしていいことなのか。ミス研部長の自分と刑事部長の息子である自分が脳内で戦い、葛藤を繰り返す。
 このままだと全てが点。十一年前の事件は語られず和田繁樹逮捕というかたちで、真の解決を迎えない事件となってしまうだろう。
 それでも――。
「このまま進展しないまま解決したほうがいいのかもしれないな」
 思わず口から出た言葉に、貫野と文目、裕貴とワックスも十一朗を見た。
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